きゅうと絞られた鋭い目付きから覗く、柔らかな若葉の瞳がじっと見つめる先は、何やら楽しげに喋り倒す我等が主である。久方振りに会った古い友人と話が弾んでかれこれ2時間、彼女には珍しくパートナーを放置でお喋りだ。
ちらりとも意識をやらない。
これが傍に侍らせて放置ならばそこにいるから問題ないと思ってのことだろうとまだわかるが、ふらりと訪ねてきた友人に意識をやってから、オウカのことは全く意識の外で完全放置。パートナーが己の背後で恨めしげにその細い背中を見ていることなど知らぬまま、笑顔で話している。
これが意識して、わかってやっているなら魔性だが、真麻は残念な頭の持ち主なのでそんなことはこれっぽっちも頭にない。仮にふとこの場で振り向いてオウカを視界に入れたとして、じっとりジメジメとした視線など意に返さず、首を傾げながらおいで、なんて柔く手招くのだ。それでノコノコ傍に寄るのだろうオウカもおつむが足りない。
そして何より、この草タイプのくせしてメラメラと嫉妬の炎を燃やすオウカを、正面から見えているだろうこの友人が1番色々なものが足りない。
この悪ふざけの過ぎる真麻曰くの親友は、賢さは真麻のかなり上をいっているが、正しさとか常識とかストッパー的なものが欠けているのだ。
もしかしたらわざと欠けさせてそのまま放置なのかも知れないが。
己の友人のパートナーが嫉妬深いのを知っていて、かつ目の前で己を射殺さんばかりに睨んでいるのが見えているにも関わらず、面白そうだからもう少し引き伸ばそう、なんて考えて真麻の話にうんうん頷いている。
今も真麻に笑いかけたフリをしてオウカを見て口角を上げている。その嗤いを含んだ弓形になった目で見るんじゃない、オウカの手の中のマグカップが割れそうだから。
もうそろそろ限界だろうし、適度に話を遮ってお帰り頂いた方が各方面に安全な感じがするな、と算段を付けようとした時、真麻の瞳が友人のほんの僅かに上がった視線とかち合う。
「…なぁに、それ」
「え?」
「なんでオウカちゃんを見てるの?」
友人が見返した真麻の紫が、ぬるりとした感情を滲ませる。それが今まさに己に突き刺さっている若葉色と同じそれで串刺そうとしているのを瞬時に感じ取って、ひくりと口端を震わせた。
お前、真麻のそれは嫌なのか。
付き合いが長くなければわからない程だけ僅かに瞳を彷徨かせて、やだなあ、と口元を緩ませる。
「オウカさんが何か言いたそうだったから、今聞こうと思っただけだよ」
「…そう?」
「そう」
「…そう」
騙す時ははっきり断言するに限る。
真麻は友人の瞳の揺らぎをどう解釈しようかと無表情でじっと見つめていたが、とりあえずは串刺しは諦めたようだった。それでも納得はしていないらしく、ぬるぬると瞳から感情が漏れ出している。
反対に友人はにこにこと笑顔だ。まあここからどうやって抜け出そうかと頭はフル回転だろうが。
「…つか、なんでお前はここ来たんだ?普段は違うとこ彷徨いてんだろ、シンオウには仕事で来たんじゃねーの?」
こちらとしてはお帰り願いたいので遠慮なく助け船は出してやる。途端に三対の視線が刺さったがしょうがない、必要経費だ。
「のんびりしてていいのか?」
「…あー、そうなんだけどさー、こんな時じゃないと真麻には会わないし、ちょっと寄ってこうかなって。思ったより話し込んじゃったな」
「…結構時間経ってるね…」
ちらりと時計を見やった真麻にひょいと友人が立ち上がった。
「と、言うわけで、帰ります」
「…へぇー」
「なにその顔」
「…べつにぃー」
あからさまに話を切り上げたとわかっているので、真麻のジト目が友人に向けられてる。それを無視してじゃあ、と友人が片手を挙げたところで、真麻の半眼が己のパートナーに鋭く突き刺さった。
え、と友人の動きが止まる。
「…ところで、オウカちゃんはこいつに何を話そうとしてたの?」
「…別に、何も」
「でも見てたんだよね?」
「…」
「え、やだ、修羅場じゃん、ごめん」
かなり素だろう反応をした友人に帰れと手で追い払うジェスチャーをする。
お前がこの場に残っても小火が大火になるだけだ。
俺と真麻の間を2回ほど視線が往復したが、俺に両手を合わせるとさっさと退散していった。ガチャン、と扉が閉まる音を合図にトン、と真麻が靴を鳴らす。
「おいで」
床かー。まあソファだと視線が高くなるからそうなるけどさー。
オウカは一瞬動きを止めたが、真麻の視線がザクザクと刺さっていることに諦めたのか、のろのろと移動を開始する。
俺はこれから始まる真麻の説教…我儘…を思って頭が痛くなってきた。
何なの、バカップルなの。
俺の知ってる怪物は、恐ろしい程綺麗な若葉と紫の目をしている。