発情期を知っているだろうか。
生き物が患う恋する時期、現れるその形は千差万別。
気が狂いそうなほどの感情に振り回され、本能が叫ぶその行為に歯止めが利かない。
単純に子孫を残そうと子をなす行為を求めるだけでなく、目の前の恋しい対象への激しい感情や欲望が溢れて止まらない。
ただ誰にも渡したくないとこの腕に掻き抱く。

「あの、えっと…」

普段よりもずっと力を込めて抱きしめられているのに困惑しつつも、肩口に擦り付けられた額と喉奥から絞り出すように唸る声に真麻はその頭を撫でる。己のパートナーが苦しい、と訴える現状をようよう理解していて、近年で1番酷い状態であると頭の片隅で考えていた。
冬から春への季節の変わり目、この時期が彼の発情期であると長く時を共にして知っている。初めての時は、真麻の考える発情期と異なることに、そしてそれが自分に向けられることに大層困惑して、今と同じように腕の中に押し込められ固まったこともある。
真麻の声にならない悲鳴にすっとんできたリユキに、全ての生き物が性衝動に突き動かされる訳ではない、と後々聞いた。普段とは異なる様子のパートナーに半泣きの真麻を救出しつつ、感情の抑制が利かず半狂乱のオウカをぶん殴ったリユキは、オウカの発情期特有の威嚇の匂いに当てられてとても機嫌が悪かった。
特別な感情を募らせた相手への止まらない独占欲、周りに撒き散らす嫉妬、手の中に納めて置かなければ気が狂うくらいの激しい感情。どこにも行かないように、誰にも触れられないように、この腕の中にただいて欲しい。

「ん…くすぐったい」

硬めの髪がちくちくと肌に刺さる。背と腰に回された腕がぎゅうぎゅうと苦しいくらいに体を拘束する。
冷たい額が肌から体温を奪って温くなった頃にようやく離れた。
首を傾けてそろりと顔を覗き込む。

「…オウカちゃん?」

「…」

「ん?」

この時期は行動も読めなければ会話もあまり成立しないのはわかっているが、一応話しかけるようにしている。本人が求めていることは、言われなければこちらはわからないのだ。
ようやっと覗き込んだ黄緑の瞳はぼんやりと宙を見ていて、真麻と目が合わない。しかし拘束は解けないものの動きが止まったので、膝立ちの状態だったのを体を反転させてオウカの膝の上に座り込む。

「よっと…うわわっ」

すとんと尻を落ち着けた途端、腹に回った右腕に体をずり上げられる。そのまま後ろから首にあぐりと喰らいつかれ、反射的に頭をひっぱたいた。

「ちょ、やめ、良い子だから、やめなさい」

ぱしぱしと叩き続ける手を掻い潜って、空いた左手がさらさらと喉を這って血管の上を撫でる。急所を掴まれるその動きに、舌打ちした真麻が未だ首筋を食むオウカの髪を引っ張って、少し虚ろなその瞳にしっかりと目を合わせた。

「ダメだって、言ってるでしょ」

命ずるように、低い声で強く制止するとオウカの動きが止まった。続けて髪を引っ張ると素直に頭が遠ざかる。

「全く君は…」

下から顔を見上げるとぶつかった瞳がゆらゆらと揺れている。片眉を上げればまた顔が降りてきて見えなくなった。
そのまま頭に額がのしかかる。

「ようやくちょっとは意識戻ったかな?」

返事はないが動いた頭に肯定を見て、わしゃわしゃと頭を撫で回した。両腕が腹に巻き付いてまたすりすりと額を擦り付ける動きを繰り返し始めるのに、しばらくのんびりできると体の力を抜く。
真麻は知らない。生き物の行為の主導権はほとんどを雌側が握っていて、雌の許可なくば雄は何もできないことを。
発情期にオウカが体に触れるのも、その体を独占するのも、匂いを擦り付けるのも、全て真麻がいつもの通りに許可した行為に特別を見出だしていることを、知らない。
そしてこのじゃれるような体を擦り付ける行為がマーキングを示していて、とりあえず開放された真麻がそのままリビングに行った時に、残りの手持ち達にドン引きされるのだった。

恋恋しい(4月/あとがき)



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