どすん、と庭から大きな鈍い音が聞こえた。色紙を切っていた手を止め、後ろ足のみで体を支えるように椅子を傾け、リユキは庭を覗いた。
カントウ地方の家は森深い場所にあり、周りは手を入れていない木々が生い茂って普段であれば薄暗い。それを軽く日差しが差し込む程度に伐採して、庭なのか既に森なのかわからないその隙間に、背の高い大きな笹が突き刺さっていた。
傍らにオウカが立って笹を見上げている。

「…どっから持ってきたんだ、あれ」

「知らん。オウカちゃんが持ってきてくれるって言ってた」

くるくると細く切られた色紙を丸めて繋ぎ合わせ、テープで止める。かなり長く連なった紙の鎖は、広いテーブルの端から床へと垂れて揺れていた。
珍しく他所に興味を示さずに作業を続ける真麻の隣で、リユキはしゃきりと手に持つ紙に鋏を入れる。

「短冊は?」

「ライルちゃんが買ってくるって。ちゃんと和紙で5色、だってさ」

「ほーん」

カシャカシャと床に鎖が積み重なっていく。蛇のようにとぐろを巻いたそれを取り上げ、2本目の作成を促した。
初めは取り上げられたソファで寝そべるそれを恨めしげに見ていたが、2、3個繋げた小さな鎖を手渡せばまた黙々と繋げ始めた。
庭から上がってきたオウカにカラフルな蛇を寂しげに揺れる笹に巻き付けてもらう。

「…長い」

「こう、上手く上からぐるぐる巻き付けてくれ。ゆるっとふわっとテキトーにやってくれて構わん」

「ゆるっとふわっと…」

「短冊も吊るすから、適度に隙間開けてくれ。あともう1本巻くから」

「面倒臭い…」

ずるずると引きずられる笹飾りが見えなくなると、今度は勢い良く玄関の扉が開く。鼻歌混じりのご機嫌で帰ってきたライルが、紙束を真麻に見せる。

「はい、ちゃんと和紙にしました!」

「やったー!」

「書くのは筆ペンでいいか?今から墨を擦るのがめんどくさい…」

「て言うか、色ペンでいいでしょ。そっちも買ってきたし」

ライルが手元の袋から取り出したのは色ペンセットだった。赤青黄、紫緑と行儀良く並んでいる。
手渡された少し厚手の紙は、ざらりとした手触りと傾けた時に浮かぶ和紙の繊維がちらちらと光っていた。光り物の好きな真麻の手が完全に止まり、手に持ってゆらゆらと傾けている。
テーブルの上で寝そべる鎖に残り数枚を輪っかにして繋ぎ、先程できあがった鎖よりは短いがまあいいか、ときゃらきゃらと盛り上がる女子組を置いて庭へと引きずっていく。
外に出ると脚立に乗り笹に巻き付けるオウカがむすりとした顔を歩いてくるリユキに向けた。手に持つ端を笹の葉に引っ掛けて、リユキの差し出す飾りを受け取った。

「…どこに引っ掛けるか…」

「上上、違うそっち、もうちょい右、そうそこ!」

下でリユキが指差す先にひょいと輪っかの端を引っ掛ける。そのままぐるりと回してもう片方の端をやはり笹の葉に引っ掛けた。
数歩下がって見上げたリユキが頷く。

「いーんじゃね?じゃあオウカも戻って短冊書こうぜ」

「短冊…」

「願い事がなければ世界平和でも願っとけ」

脚立を降りたオウカを伴ってリユキが家の中に戻れば、既に2人は何枚か書き上げたあとらしい。丸い筆跡でたくさん昼寝、とか甘いものたくさん、とか、真麻の欲望に忠実過ぎる願い事が並んでいた。小綺麗な文字が並ぶのはライルで、でかでかとマスターとデート、とこちらも自分の欲望に忠実な願い事が書かれていた。
薄黄色い短冊を手渡され、リユキは青いペンを取る。

「さーて、何にするかな。とりあえず真麻が朝早くに起きてくれるように、と」

「リーユーキーちゃーんー?」

「オウカも、はい」

「ん」

薄緑の短冊に濃い緑のペン。渡された小さな短冊を前にしばらく考え込んで、オウカは小さく書き込む。

「甘いもの、俺も食べたい」

「お前もか」

「やったー!オウカちゃんと一緒だー!」

「ええー、じゃあ私も書くー」

「なぜ張り合う…」

その後カラフルな短冊達は、風通しの良くなった木々の間を抜けた風に揺らされて、笹の葉と共にゆらゆらと揺れることとなった。

七夕(7月/あとがき)



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