しかし残念なことに目の前の主は本物を持っていたりして、しかも予想を裏切らず簡単に解けてしまって素足でそこらを歩いていたりするのだ。
胸から裾にかけて白からレモンイエローへ変わるグラデーションのワンピース、それに合うようにとパステルオレンジの編み上げサンダル。解けないようにとキツく結ったつもりだったが、主人の傍若無人な振る舞いにあっさり根を上げて離れてしまった。主人も未練はなかったようで、真っ白の砂浜にポイと捨てられたサンダルが太陽に焼かれている。
足跡を残して水に触れるギリギリを主人が歩いていく。真白の砂浜に薄いイエローは見失ってしまいそうで、太陽の光で黒髪も霞んで見えた。
俺とあの人の距離が開くのにため息を吐いて、仕方なく焼かれているサンダルを持って振り返らない後ろを追いかける。ざっざっざっ、素足と違って響いた靴音にくるんと黒髪が翻った。
「どした?」
「サンダルが置き去りでしたので回収しておきました」
「おー」
「履きますか?」
問いにきょとりと瞬く。そのまま目を閉じてうーんと唸るのに待っていれば、こくりと頷いた。
ついでに面倒なことも。
「履かせて?」
「…わかりました」
こちらに伸ばされた腕が首に巻き付いたのを確認してそっと抱き上げた。近場の岩場は暑いばかりで、すこし木々が繁ったところに座らせる。葉が太陽を遮ってちらちらと降ってくる光が主人は気になるのか、きょろきょろと見回していた。
「主人、脚に触れますが」
「ん」
無造作に脚を投げ出される。さらにはやりやすいようにとの配慮なのか裾を少しばかり引き上げられた。主人が少し高い位置に座っているため、こちらがあまり頭を上げられなくなったので作業を開始する。
足裏は砂で汚れてしまっているが軽くはたいて落とし、サンダルに通す。それから帯を持って、細い足首に最初の一巻き。2本の帯をくるくると交差させながら巻いていって、最後にやはりキツく結った。
両脚が終わって顔を伏せたまま離れようとすれば、くい、と髪を引かれる。何事かと尋ねる前に言葉が降ってきた。
「ねぇ、そのまま足にキスして」
思わず頭を上げれば白い脚の先で小首を傾げてこちらを見ている。ことり、反対に首が傾いだ。
「いや?」
「…はあ」
待ちきれずにそろそろと上がってきた足先を捕まえて降ろさせる。不満そうに鼻を鳴らす音を聞きながら、足の甲に額を押し付けた。布の感触と思ったより温かい肌。ひくりと動いた指先が近い。
数秒の出来事がとても長く感じた。離れて顔を上げればご機嫌な紫色と目が合う。
「…よろしいですか」
「ん、いいよ」
手の中から着飾った足が抜けていく。立ち上がってサンダルの感触を確かめる主人を低い位置から見上げた。
こんな簡単な服従の示し方で満足するなど、安上がりな主だと思う。