突然部屋に入ってきた自分に驚きもせず小首を傾げてなあに、などと言う彼女の上に花を降らした。黒髪を滑って肩に落ち、ころころと服の上を転がって床まで広がる。それを瞳が追いかけて、ころんと床に辿り着くと俺を見上げる。きょとり、紫が瞬いて俺が手に持つ小さな花に向いた。
「リナリア?」
「ええ、別名を姫金魚草と」
小さいながら華やかでころんとしたそれは小さな金魚のようだからとそう呼ばれる。鮮やかでつやりとした花を1つ、主人は手に取った。
「まだちょっと早いかな〜。でも甘い匂いがする、採れ立てだね」
「この日のために育てましたので」
「どこで?」
「屋上の木の実栽培の片隅で。花が鈴生りに付くので株も少なく済みますから」
「なんで?」
この問いはなぜ花を降らしたか、で合ってるだろうか
主人は花を摘まんだ指先を俺へと伸ばす。不思議そうなまま、思ったままを口にした彼女は首を傾げたままだ。
問われるだろうとわかっていたし、告げるつもりでもいたからそう難しい問いかけではない。
「今日がバレンタインデーですので」
「?」
心底わからない、と主人は眉を寄せた。先程渡したチョコレートのお返しにしては早すぎる、などと考えているだろう小さな頭に、再度花を降らした。
視界を転げていく花々に目を細めて再びなんで、と呟いた。
「何かあったっけ」
「…元々は男性から女性へ贈り物を渡す日ですよ」
「…そうだっけ」
「なのでこちらを用意しました」
手を器に形取るように伝えてその手の中に花を移す。手の大きさが違う故に乗り切らずに溢れた花を寂しそうに目で追いかけて、しかし口元に寄せられた花びらにぱちぱちと瞬いた。
「口を開けて」
「ん、あーん」
かぱりと開いた真っ赤な口の中に白いリナリアを1つ、放り入れる。疑いもなくぱくっと口を閉じると条件反射なのかもぐもぐと咀嚼を始めて、そう時間も経たずに飲み込んだ。
ぺろりと唇を舐める舌が見えなくなって、視線が俺に向いたところで説明を加える。
「エディブルフラワーをご存知ですか?」
「あの食べられるやつ」
「はい。花を贈るのが一般的だそうなので、観賞用ではなく食用の方を渡そうかと」
「…なるほど?」
説明に何やら納得したらしい彼女は餌をねだる小鳥のように次を催促した。ひょいひょいとテンポ良く口に運び、手の上の花達をほとんど平らげてしまった。終いには髪に引っ掛かっていたものまで食べて、機嫌良さそうに笑う。
「食べちゃった」
「どうでしたか」
「普通。別に苦くないし、甘い匂いしたから美味しかったよ」
「そうですか」
「…うふふ」
クスクスと笑う主人に首を傾げる。
おかしそうに、まるで秘密を話すかのように囁いた。
「贈り物でしょう、オウカちゃんの想いのこもった。食べちゃったなあ、って」
「…」
呆れたように目を細めてみても、主人は小声で笑う。
俺の想いごと、食べさせたかったなんて絶対告げない。