真白い指が細い針金を摘まんで立てる。先端に水玉を作ってくっ付け、ふうと息を吹き掛け凍らす。続けて先程より大きな水玉を潰して薄く伸ばし、氷玉に沿うように少し窪んで反らした形に成形して再び凍らす。
これを何度も繰り返して出来上がったうっすら白い氷の花。それを作った本人は興味のなさそうに目の前の主に差し出した。

「はい、出来ましたよー」

「ありがと!」

渡された針金は冷気に冷やされキンと冷たかったが、レンと同じく真白い指が受け取る。パチパチと瞳が瞬いて、アメジストが氷を覗き込んだ。氷を通して見る紫色は歪み滲んで、本来よりも薄く儚い。不思議そうに首を傾げれば黒髪も揺れ、氷越しにやはり歪んだ。

「マスター、そんなに珍しいですかー?」

「樹氷は見るよ、シンオウにはたくさんあるから。でもこれは何も支えを持たずに氷だけで出来てるから珍しいと思うよ」

「そうですかー」

幼子のように飽きず覗き込む主に、こんなもので良ければいくらでも、と思う。
水を操って形作り、凍らせただけ。
暇潰しに作って部屋に飾られたそれを見つけた真麻が欲しがり、大して時間も掛からず作り上げた透明の花。冷たく触れれば溶けてしまうそれのどこを気に入ったのか、目に焼き付けるように眺めている。
そしてそれはもう元の水へと戻り始めていた。

「溶けちゃうね」

「まあ氷ですからー」

ぽたり、垂れた滴が床を濡らす。
暖房を付けていない部屋とは言えシンオウほど冷たい訳でもないカントー地方、そこで作った氷の花など何もしなければ簡単に溶けてしまう。
もったいない、小さく言葉を吐き出した唇が濡れた指を舐める。そのまま口を開いて氷へと歯を立てた。
ぱきり、花が割れる。
齧り取った欠片が口の中へ消えた。ぱきぱきと聞こえる音は氷を咀嚼しているのだろう、こくんと動いた喉が嚥下を告げる。

「つめた」

「美味しいです?」

「ふつう」

空気中から選んで作った水だから衛生面は大丈夫だろうが、躊躇もなく口にされると困る。それを信頼の証と取るか考えなしと取るか、判断に迷う。
レンのやや冷えた視線に気が付かない真麻は割れた花をしばらく眺めていたが、結局ぽたぽたと水へと戻っていく花を口へと運んだ。差して時間も掛けず全て飲み込んでいく。

「ご馳走さまでした」

「…お粗末さま、です?」

針金1本だけ残ったそれをレンに返しながらそんなことを言う。
眉を寄せて床を濡らした水を霧散させながら、レンは同じく濡れた主の唇を指先で拭った。

「どうして食べたんです?」

「もらったのに取って置けないのがもったいなくて、思わず」

「いいですけどー」

相変わらずおかしい主だ。
人工的な暖かさを苦手とするレンの冷えた部屋で薄着のまま真麻はさも当たり前かのように宣う。
でも。それが少し嬉しい。

「マスター、あんまりオレの部屋にいると風邪引きますよー?」

「ん、確かにちょっと冷えた」

「リビング行きましょう、そこでココアでも淹れますからー」

「やった!」

一軍に氷タイプはいない。少し変わった氷細工を作れるのは己しかいないから、だから主はわざわざこちらに遊びに来るのはわかっていても、その『わざわざ』が嬉しくて、でもそんなこと言えない。
天の邪鬼、恥ずかしがり屋。どちらとも違うこの感情はなんだろうか。

「…あ、雪」

「ホワイトクリスマスはだめでしたけど、雪付きの年越しになりそうですねー」

「雪降るとオウカちゃんがなー、部屋に引きこもるからなー」

「じゃあ、オレの部屋以上に保たないと思いますけどー、さっきの花でも贈りますー?」

レンの言葉にきょと、と真麻が振り返る。なんだ、と問い掛ける瞳に笑いかけた。

「あれ1つくらいで部屋は冷えませんからー、冷たいのが苦手でも大丈夫だと思いますー。それに、マスターのお気に入りですからオウカさんもきっと喜びますよー?」

「…オウカちゃんの部屋だと一瞬で溶けそう」

「それもあの花の魅力でしょう」

「…そうだね」

嬉しそうに笑う主に、花を手渡されたオウカを想像してレンも笑う。とろりと溶け始めたあの氷の花をオウカも同じように食らうだろうか。目の前の主に贈られたものだから食べてしまうかも知れない。
ご機嫌で前を歩く主を見ながら、主従揃っておかしい、と笑った。

冷たい贈り物(12月/あとがき)



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