「うーん、秋になったねぇ」

「ええ、すっかり」

この前まで高かった気温が見る間に下がり、既に木の葉が色付き始めた木々を見やる。ひゅうと通り過ぎる風も少しばかり冷たくて、やはり雪に閉ざされた土地だな、などと風に鳥肌の立つ腕を撫でた。
ぼんやりと外を眺めているとチーンと間の抜けた音が響く。真麻が嬉しそうに両手にミトンをはめてゆっくりとオーブンの扉を開ければ、湯気と共にふわふわと漂う甘い香り。すん、と鼻を鳴らして満足そうに中を覗き込んだ。

「…焼けた」

「ほら、すぐに出さないとふやけますよ」

赤々と輝く熾火に鼻先を突っ込みそうにしている主人を退かして、オウカはミトンをはめて熱い鉄板を掴む。真白の光に照らされたのはきつね色に染まったアップルパイ。つやつやとした表面と網目から覗く朱色の林檎に真麻の目が輝いた。

「うわー!うわー!!」

「…食べますか?」

「食べる!!」

包丁片手に問うオウカに即答した真麻が戸棚に皿を取りに向かう。それを見送ったオウカは手元へと視線を落とした。
磨いた琥珀のようにつるりとした表面に僅かに映り込む自らの顔に刃先を落とす。さくり、表面がひび割れてそのままザクリと少し芯の残った林檎を通って、かつんと鉄板に当たる。ザクザクザク、綺麗に7等分に切り分けて、真麻の並べる皿に盛り付けた。
匂いに釣られて来た眠そうなリユキに1つ手渡して、紅茶を注ぐライルの目の前に1つ置く。いつもの指定席に既に座った真麻へ1つ置き、オウカは皿を手に持ったまま主人の向かいに座った。ことん、ことんと置かれたティーカップにそれぞれとろりとした蜂蜜やリンゴジャムを少しだけ足して。

「いただきまーす!!」

「…いただきます」

また湯気の消えぬアップルパイへとフォークを差した。
遠慮なく大きめに切り取ったパイを真麻は口に運ぶ。さくさくのパイ生地に甘酸っぱい柔らかな林檎。底の生地はシロップでしっとりとしていて、真麻の口角がにやーっと上がった。

「おいひぃ!」

「マスター、飲み込んでから喋って下さいね」

「んー!」

「ん、うま」

「…リユキほんとに起きてる?」

「おー起きてる、ちょっとだけ」

完全に寝起きのリユキが前髪を邪魔そうにかき揚げてフォークを咥える。行儀の悪い、とライルが肘で小突いて、無言でジャムを混ぜ込んだ紅茶を飲むオウカに笑顔を向けた。

「美味しいよ?」

「そう」

「オウカちゃん美味しいよ!!」

「…いえ」

テンション高めの真麻から目を背けつつ、オウカはするりと腕を撫でる。一瞬首を傾げるもライルはすぐに察したらしく、呆れたように半眼を向けた。

「…そんなに寒い?」

「…少しだけ」

「オウカちゃん寒がりだからしゃーない」

「あったかいもん食って代謝上げとけ、あとは真麻抱いとけ、あったかいぞ」

「いや、いい」

パッと瞳を輝かせた真麻になんて事を言うんだとオウカがリユキを睨めば、気付いているのかいないのか、リユキは未だ瞼の開き切らないままモソモソとパイを咀嚼していた。
グッと奥歯を噛んだオウカの袖を真麻がちょいちょいと引く。

「オウカちゃんオウカちゃん」

「…なんでしょう」

「こう、ぎゅーって!」

「…」

「して!!」

お願いの体をした命令。
幾度となく繰り返されたそれにライルですら放置する。下手に手を出すと真麻の機嫌が地の底に落ちる事を学んでいるため、真麻が一通り満足するまでは遠巻きに見ているか、目の前の光景に耐えられなくなって逃げるかした方が良いのだ。
にいぃーっと悪魔の笑みを浮かべた真麻にオウカが渋々頷くのを、ようやっと開いた両目でリユキは見やるのだった。

秋の入り口(9月/あとがき)



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