そしてポケモンに恋している。
俺が出会った時には既に己のパートナーに首ったけで、幼いながらも歪んだ想いをぶつけていた。パートナー側も何やら屈折した想いがあるのか甘んじて受け入れているし、無関心そうで嫉妬深いらしい彼は珍しい黄緑の瞳に悋気の色を乗せて周りを睨め付けていた。
10歳以前に出来上がった関係が歳を追うごとに段々と拗れて現在に至る。何しろ両片想いでお互いに失恋確定だと思い込んでいるのだから。
「…なあ、真麻」
「なーにー?」
間延びした声。楽しそうにキッチンでチョコレートを刻んでいる。菓子にでも混ぜ込むのだろうか。
ゆらゆら揺れる黒髪を眺めながら、今まで気になりながらも聞けなかったことを口にする。
「お前、なんでオウカ好きなの?」
「…好きな理由?」
俺の言葉にピタリと動きを止めてそれきり黙ってしまう。熟考すると動きを止めることはままあるが今回は完全に思考停止だろう、やはり聞かない方が良かったかと後悔していると、彼女が少しばかり振り返って紫が俺を映した。
「…わかんない」
「わからないのか」
まさかの答えに片眉が上がる。あれだけ周りを巻き込んで大騒ぎしているのにわからないのか。俺の不機嫌顔に真麻は困ったように眉が垂れた。
「好きを続ける理由は後付けでしょ。でも好きになった理由はわかんないし。
もしあったとしても、もう記憶もあやふやで確かな答えなんて覚えてないよ」
「じゃあ今好きな理由は?」
「えー…なんだろう」
考え込んでしまった真麻はまた向こうを向いてしまう。
それにしても好きになった理由がわからない、なんて返ってくるとは思っていなかった。頭の悪い『全部』の発言の方がまだマシだ。むしろ目の前の奴からそれが出てくると思っていたくらいだった。
ならオウカはどうだろうか。彼はなんと答えるだろう。
「あーでも、あの目は好きだな」
ボソリと溢れた呟きに意識を目の前に戻した。こちらを見つめる真麻の瞳はなんとも嬉しそうだ。
「あの子、目にこっちを殺しそうなくらいに強い感情が乗ってる時があるでしょう。
あれが好きかな、あれが溢れたら殺してくれそうで」
相変わらず歪んでいて安心と共に心底呆れた。
真麻の去ったリビングには香ばしい残り香が漂っている。大量に焼き上げたクッキーの半数を残してもう半数を包んで二軍へお裾分けに出掛けた。お供はライルを選んだらしい、選ばれたライルはご機嫌でついて行った。
騒がしい女子2人がいない家はいつもより静かで、僅かな音がよく響く。
抑えた足音とキィと開いた扉へ視線を投げる。
「…主人は?」
「二軍に遊びに行った。ライルが一緒」
「…そうか」
オウカはそのままするりと入ってくる。リビングに残る甘い匂いに状況を察したのかテーブルに乗るクッキーに手を伸ばした。
それを見ながらちょうど口に放ったタイミングで真麻と同じように問う。
「お前、なんで真麻のこと好きなの?」
「ごふっ」
噎せた。思ったより激しく噎せているので大変申し訳ない。悪気はあったんだ。
涙目でこちらを睨むオウカにつんと澄まし顔を見せてのんびり答えを待つ。
とんとん胸を叩いてどうにか落ち着いたオウカは真麻と同じく動かない。ポケモンはトレーナーに似ると言うがここまでそっくりになるだろうか。幼い頃から一緒にいたからか、それとも偶然か。
再び思考の海に沈む前に動いた視界に意識を戻して見れば、気まずそうな顔のオウカと目が合う。
「理由、は」
「覚えてる限りでいいぞ」
真麻と違ってオウカが忘れているとは思わないが、もしかしたら避けるために忘れたと言う可能性はある。そうしたらいつか絶対吐かせるつもりではあるが。
黄緑があっちこっちに動いて迷っているのが手に取るようにわかる。何をそんなに迷うのか、まさかあの歳で性欲一直線じゃあないだろうな。
「…大したことではないんだが」
「おう」
「あの人の目が」
また目の話か。
「初めて会った時にあの人の目が、俺を殺しそうなくらい強い感情を乗せて見つめたんだ。その時に、あれに溺れてしまいたくて、そのまま」
「…」
なんと言うか。
こいつら本当にそっくりだ。
「…草食動物ぅー」
「うるさい」
「お前自分がポケモンだって自覚あるのか?一目で人間の小娘に絶対服従とかどうかと思う」
「…うるさい」
不機嫌そうに眉を寄せるオウカに呆れの目線を送る。
ああうん、もういいから早くくっ付け。