「まーすたー」

「はいはいなんでしょ」

「殺していい?」

「普通に考えてダメでしょ」

背後から聞こえた声にぞんざいに返せば思ったより面倒そうな言葉が続いた。真麻は読みかけの本から視線を上げ後ろを振り返る。
背後でふわふわと浮いていたのはバトル以外は滅多にボールから出て来ない、手持ちのポケモン達の中でも屈指の人間嫌いであるノエルだった。人間嫌いの方向性が憎悪なので気狂いの連中より面倒臭い。

「珍しいね?」

「別にー」

「で、どうしたの?」

気狂いではないが頭のネジは抜けてる欠陥構造なので普段はあんまり会話が成立しないが、そちらも珍しく大丈夫そうだったので噛み合わなくなる前にさっさと聞いてしまう。
ノエルはしばらく首を捻っていたが思い当たる答えが見つかったのか1つ頷いた。

「最近のマスターは楽しそうだったから幸せな内に殺してあげた方がいいかなって思って」

「余計なお世話かつどんな思考回路してるんだお前」

「なんだろ…ほら、人間って幸せな内に死にたいって言うじゃん」

「言うね」

「マスターもたまに言ってるからここが見極めかなって」

「君の高まった人間殺したい欲の理由に私を使わないでくれると助かる」

「え?殺してくれたら助かる?」

「難聴過ぎない?」

真麻は既に読む気が失せた本をテーブルへ置いて体を反転させる。呆れた顔を彼女に向けたが本人は何が楽しいのか口元を笑みの形に作っていて、音もなく真麻に近付いてくる。

「ボクは優しいから、マスターの望む殺し方で殺してあげるよ」

「優しいの方向間違ってませんかね…」

「会った瞬間斬りかかってくるどこぞの蛇と違ってマスターにちゃんと選ばせてあげるからね」

「あーーーイッシュ時代の私の相棒をディスるのやめるんだーーー」

「でも拗らせたのはマスターのせいじゃなかったっけ?」

「あっはいそうです私のせいです」

「で」

どうして欲しい?
主を殺すこと前提の話の進め方に真麻は眉をしかめるも、ふいと瞳が何もない空間を見つめる。その仕草に一応ちゃんと考えてくれるのかとノエルはぼんやりとしている主人の顔を眺めた。
通りがかる人間を端から殺していたら殺しに…柔らかく言うなら討伐しに来た目の前の主は、何が気に入ったのかノエルを捕獲して従えている。危ないやつを集めて従えることに快感でも感じるタイプかと思えばそんなこともなく、どちらかと言うとあんまり興味のない感じだった。その割りに目を離して放っといたら危ないとの理由で手元に置かれている。
一軍は4体で完結してるところがあるので自分はおまけだろうと思っているのだが、トレーナーを得てから少しばかり執着が湧いたのかほんのちょっぴり悔しく感じるので、ああ、やっぱりあの時殺されていればよかったかなと思わなくはない。
人間相手に愛されたい、など、感じるとは思わなかった。

「そうね」

ふ、と。
真麻の言葉に曇っていた視界が元に戻る。焦点の合った視界にこちらを見る彼女が映って、ついでにいつも見えてる彼女の魂が透けて見えて、早く殺して食べてしまいたいな、と思った。

「痛くなければ特にリクエストはないかな」

「痛くない…熱いのは?」

「痛覚に訴える諸々でなければいいよ」

「ああ…」

真っ赤に燃やすのはダメなのか、と首を傾げるノエルはでも、と小さく続く言葉に耳を澄ます。

「殺されるならオウカちゃんがいいな」

「…無理じゃないかなぁ」

「だよねぇ」

残念だなぁ。
ノエルは傾げた首をそのままに、残念なのはマスターの頭ではないだろうか、と心の中で呟く。

「…人間はわからないな」

「人間にもわからないからね」

「…殺す気失せた」

「あっそう」

「うん」

そんなに好いてやまない相手から殺されるのが、嬉しくて心底幸せで、仕方ないって顔をされると、自分が殺すのが可哀想に思ってしまう。
主の望む殺し方で殺す、と言ったさっきの自分を殴りたい。

※日常会話(3月/あとがき)



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