05

ミオから218番道路に出て、空腹の少女にとりあえずとばかりに缶詰のレーションをくれてやると、アルファに抱えられたままものの数分でぺろりと平らげた。
味付けが濃いトマト系のペンネであったことが幸いしたのか、子供の舌にも適したようである。

「おいしい!」
「よかったな」
「ココロちゃん、パンもあるよ。ちょっと固いけど」
「あいがとね、ガンマくん」
「いいえ〜」

ニコニコしながら少女に自分の食糧を渡すガンマに、内心でアルファが残量を気にしてはいたが、考えてみれば主が指示しない以上自分達が再び戦場に足を踏み入れる可能性は無いかもしれないと思いなおす。
それならそれで、構わない事だった。

「隊長殿、見たところ抜け道は無いみたいですぜ」
「こっちも無理〜。やっぱ此処渡っていくしかないね」
「そうか」

偵察に出ていたベータとデルタの二人が帰ってくると、目前に広がる泉を指した。ミオシティはシンオウの端にある。迂回していくにはこの水辺は少々距離がある。行けるとすれば元の姿に戻ったデルタの背に乗っていくと言う荒業になるが、彼はそれを拒否こそしないが嫌がるだろう。
アルファにとっても強要したくないことであるので、そこは最終手段だ。

「コトブキに行くにはこっちの道しかねえし、ミオの林から抜けるんであればつっきってシンジ湖にでることになるんで、カンナギとは反対方向に抜けることには。
まあ、どっちがいいかは隊長に任せますわ」
「そうだな…別段、急ぐこともない。
寧ろ人目の少ない場所を通れると考えれば、遠回りでもそちらの方がいいだろう」

また少し歩くことにはなるが、と続けるとデルタは此方の意図に気が付いているのだろう、目を細めてから中指をたてる。彼のプライドは多少傷ついたらしいが、命令されても文句を言うのだろうからとアルファは軽く背中を叩いて窘めた。
いってえ!と言う叫び声と破裂音のような打撃音に驚いて、ムックルが木々から飛び去って行ったが、あくまでも『軽く』である。



<私が彼に出会ったのは丁度旅に出る十の頃であった。
この時の私はカンナギではなくフタバに住んでいて、小さな田舎町では同じ年頃の友人もいなかったので、気まぐれにシンジ湖のほとりにまで足を運んでいた。
何をするでもない、泉に石でも弾きに行こうと言うくらいのものだったが、その日であった人型をした同じ年頃のヒトカゲには、昔私が最初に手にしたヒトカゲの少年と同じ色を見た。>

<其れらしい言葉を使うなら、面影…とでもいうのか。
人とポケモンのハーフである彼はあまりにも歪で、父親とおなじ恨みの籠った鋭い眼光と、あの男とは似ても似つかない華奢な細腕をしていた。>

<父親の名前を燃え盛る地獄の炎からとって『業火』としたところからして、彼も同じように炎で持って周囲を焼き尽くすだろうと言う期待を持って『烈火』とした。
無理やりにボールに捕まえた彼は怒り狂い、手に噛みついて酷く威嚇したが、それだけの気概があるならより強くなることだろう。楽しみである。>



「…いや、この人変わらんな」
「なにが?っていうかそのレポートの中身僕にも見してよ、アルファ君だけズルじゃない?」
「お前が持っているとずっと手放さないから俺が持ってるだけだ、読みたいなら勝手にしろ」
「やった!」

シンジ湖についた途端にレポートの中身が変化した。行動が予想されているかのような気がして気分が悪かったが、それでもと見たその中身を見てアルファは代わり映えしない主の思考に呆れ気味に息を吐いた。息を荒くレポートを欲しがるデルタに手渡すと、彼はあからさまにぱっと表情を明るくする。
食い入るように見つめる彼の後ろから、ガンマが文字を覗き見て、それをしっしと払う仕草をした。互いに躍起になって追いかけ合いが始まっているのを横目で見つつ、主の記載にあった事柄を整理する。
時系列が可笑しいのだ。見ただけでもわかるが、十の頃に産まれのカンナギからフタバにやってきたとして、突然『昔の』ヒトカゲの話が出てきたのがまず変だった。書き方からして、その昔のヒトカゲを育てて長い間面倒を見ていたのだろうことは察せたが、手持ちから離れてそのヒトカゲが子供を為して、その子供が一人でシンジ湖にやってくると言う事態、いくら何でも五年やそこらではありえない。
特に、人間との間に産まれたのなら、幼い頃のハーフはほぼ人間と変わりない。生まれて直ぐに立ち上がって歩き回れるようなものでは無いのだ。

(と、するとこれは…記述自体が間違っているの…か?)

例えば、十五の頃にこの子供のヒトカゲ…烈火と再会しているとすると、同年代くらいという記述から逆算して大体マイナス十歳。五歳の頃に父親や母親のポケモンと育ったとしたなら、或いは…いや、それでもかなりギリギリだが。そうとしか考えられない。

「だいじょうぶ?」
「あ、ああ…」

眉間にしわを寄せて無言になったアルファに、ココロが小首をかしげた。
あまりにも強張った表情で固まった強面の男に、怯えることもなく心配そうに問うてくるので、なんなら聞かれた方が驚いている始末。

「たぶんねむいんだよ、よじにおきたから…」
「それは関係ない」
「でも、わたし、ねむい…」
「それは、その…悪かった…」
「ううん、ちょっとだけなの、ちょっと…」

言った傍からうとうととし始めている少女に、最早アルファは何も言う気はない。完全に此方の配慮不足だからである。
戦いばかりに明け暮れているアルファであるが、一桁年齢のちびっこが親や親代わりの人間から離れて、殆ど愛想もない大男三小男一に囲まれている状態が健全ではないのは流石に分かるのである。
優しく背中を撫でてゆすってやると、当然の様に寝息を立てて眠り始めたココロを見てなんならちょっと安心した。

「湖の淵をぐるっとまわっていくと、201番道路に出るそうです」
「ベータ、さっきから何処見てんの?」
「観光地図、宿においてあったろ」
「そうだったっけ…」
「ちょっとアルファ君これ三ページくらいしか読めないんですけどぉ〜!?」
「少し静かにしろ、ココロが寝てる」

アルファがそういかめしい顔つきで呟くと、三人は三者三様の顔つきではあるものの、全員大人しく口を閉じる。
唇を噛んでからベータが「…下手な薬より効きますな、その言葉」と悪態つくと、湖の底で何かが同調するように笑った。
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