04

目を覚ますと当然の様にひっくり返っているガンマに、寝ている間に蹴飛ばされたのか起きたベータが苛立ちを露わに彼の頭を蹴飛ばしていた。アルファは腕の中にある小さな少女が怪我無く寝息を立てているのを見てほっと胸を撫でおろすと、起き上がってから寝転がっているデルタの肩を叩いた。

「起きろ、朝の四時だ」
「…四時?」
「ぴったり四時だ」
「マジ体内時計ばっちりすぎるでしょ…起きまぁす…」

時計も見ずに言うアルファの言葉に、ベータが腕時計を見て追撃する。デルタも別に時計を見ずとも疑っていないのか、欠伸交じりに返事をすると扉を開けて出ていく。とりあえず顔を洗いに行ったらしい。

「ココロ、起きなさい」
「むえ…?」
「朝だぞ」
「なんじ…?」
「四時だ」

淡々とした返事にココロがゆっくり瞬きして、自分を抱えているアルファの腕を掴む。
ごつごつとした岩のような腕に驚きつつ、布団に下ろされるとゆっくり立ち上がる。まだ見慣れない大男たちの圧迫感からか、流石に目が覚めた様子であった。

「はやおきさん…」
「フハ…まあジジイなんだろ」
「それ言うとお前もだぞ」

夜に寝て朝に起きる、その上睡眠もきっちり七時間程度しっかりとれているわけであるので、文句のつける間は与えないとばかりである。
今時小学生でも眠らないくらいの時間であるが、小さなココロの必要とする睡眠時間は昼寝も含めてももう少し多い。それでも文句ひとつ出ないのは、お腹が空いているからだった。
昨晩は何も食べていない。
子供の腹がくう、と鳴くとベータがははあ、と自分の顎を撫でた。

「お嬢の腹が鳴ってるみたいだぞ、隊長殿」
「そうか。腹が減っているのか?何が食べれる?」
「わたし、あんまりきらいなものないよ。れっちゃんにもいっぱいたべれてえらいっていわれる。
でもきょうはね、おゆはんたべなかったから、いっぱいぺこぺこ…」
「おゆはん…?」
「夕飯じゃねえか?人間は確か一日三食だったろ」
「…しまった、忘れてたな」

自分の燃費の良さと、小さな人間の女の子では全く必要とする食事も睡眠も運動量も違うのである。そもそも、特殊部隊として活動する彼らには食事というのは一日一食、それもほぼ簡易食糧である。
臭いの少ない固形食を水で流し込む食事ばかりだったので、幼い娘の食べる食べ物の基準がいまいちわからない。

「水出るって最高…朝顔洗えるっていいよねぇ〜。
…何してんの?」
「デルタ、子供の食事に何が必要かわかるか?」
「いや、僕が知る訳なくない?」
「そうだよな…」

一般的な食事、と腕を組んで悩み始めるアルファを無視して、腹を抑える少女にデルタが視線を合わせる。切り揃えられた黒髪から水滴がぽとりと落ちて、シーツの上にシミを作った。

「いやそれよりさ、おチビちゃん髪ぼっさぼさなんだけど」
「ぼさぼさ?」
「櫛は?まさか無いの?…仕方ないなぁ、ほら後ろ向いて」

気になって仕方ないとばかりに早口になるデルタに、少女は言われるままに後ろを向いた。並んでかけられたコートの内ポケットから、つげ櫛を取り出すと金色の細い髪を丁寧にすき始めた。

「うっわ、腹立つくらい綺麗。ヘアゴム使って良い?良いよね?」
「なんでヘアゴムなんて持ってんだよ」
「五月蝿いな、備えあれば憂いなしって言うでしょォ」

ベータの横槍を適当に返しながらデルタは器用に金の糸を結い上げていく。くるくると巻き上げてからそれをピンで止め、余った部分を三つ編みにして巻き付ける。
一つまとめのお団子髪にくるりと三つ編みが巻き付いたような、少し華美な雰囲気のシニヨンがものの数分で出来上がって、尚のことベータの目は平べったくなった。デルタの髪は短髪である。

「まさか女か?」
「すぐそう言う俗っぽい発想になるのやめた方がいいですよぉ〜?
これはあ、僕が可愛いとオシャレを摂取するために女性雑誌を読んでいるから出来るってワケ〜」
「いやそっちの方が気持ち悪ィだろ」

女装趣味があるとか言われた方がまだ納得できる、と続けるベータの言葉を遮って、ココロがぱたぱたと布団の上を駆け回る。目をキラキラさせて、手をブンブン上下に振ると、デルタの服の裾を引いた。

「ねっねっ、かわいいのやった?」
「ん〜、正直言ってめちゃ可愛いのをやった」
「きゃーっ!」

鏡かがみ、と言いながらアルファの悩む背中に飛びつくと彼がようやく現実に戻ってきたのか、少女の明るい顔を見て少し驚いたように目を見開いた。

「髪をゆったのか」
「えっと、デルタちゃん?がやってくれた!」
「デルタちゃんで〜すなんか文句あっか
「いや、器用なモンだなと思ってな」
「まあねェ〜!」

アルファに褒められて鼻高々になるデルタに代わり、見えもしないのに後ろを振り返りながら髪を見ようと頭を振り続ける少女に向けて、ベータが軽く額をこづいてそれを止める。聞きたいことがあったからだ。

「そういや、名前に疑問符付いてたが」
「おなまえおしえてもらってないもん」
「…そうだったか?」
「まあ、言われりゃわざわざ自己紹介はしてませんな」
「名乗る文化がないし」

常にチーム四人行動、外野と関わる際は大概ポケモンバトルではなく、言葉通りの戦場である。一応小部隊の合併で動くことはあるが、その時にわざわざ名乗る事はない。
見たら敵が味方か判断できるように、わかりやすく衣服などで印つけていたりするものである。出会って何処でいつ死ぬかもわからないし、なんなら出会った場所で敵味方が逆転するような相手の顔や名前を覚えているというのは精神衛生上も宜しくなく、互いに暗黙の了解的にチーム名やその場の部隊名で呼ぶのが基本であった。

「あー…すまん。
遅くなったが俺はアルファ、パッチラゴンと言う種族のポケモンだ」
「ポケモンさんだったの?」
「驚くことか?」
「かみくろい!」
「…ああ、体色との違いか」

確かに珍しい、と自分の髪に触りながら答える。
大概のポケモンは自分の元の体色を基準として髪や目の色などを変化させる。勿論、彼の原型において最も目立つ黄色い体色は、髪ではなく服に使用されているため、全くもって別人のようだと言う話ではないが。

「あー…ベータ。パッチルドンだ」
「僕がデルタちゃんね、ウオチルドン。
んでまだこっちで寝てるのがガンマ、ウオノラゴンね。オラ〜自分で自己紹介しろカス〜
「ンガッ…!」

ついでとばかりに蹴飛ばされて、ガンマが目を覚ますと周囲が日差しにざわめきだすより先に四人と少女はミオを出た。
prev | next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -