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※暴力・拷問描写あり。


「アルファ、お前が悪いんだぜ?
最初っからちゃんと俺の質問に答えてりゃあ、コイツがひどい目に合わなくても済んだろうに……あーあ、可哀そうになあ」
「れっちゃん!!」
「おっと」

ヘイスの腕から飛び出して、周囲の視線も気にせず駆け寄る。
緋色の美しい髪はすっかり色あせて、隙間から見えた瞳の色も生気を失っている。それでも、ココロをはたと見やると、唇を静かに動かした。声は音にはならなかったけれど、確かに彼女の名を呼んでいた。
今まで怯えていた彼女の顔は、すっかり怒りに染まっていて、主と似た顔の子供がそうして敵意を向けてくることに、周囲はすっかりオドオドと視線を彷徨わせている。

「ひどい!れっちゃんになにしたの!?」
「あーっと、カンドーの再会おめでとう!
だがザンネン、おチビさん。こっからは大人のお話なんで下がってて貰えるかァ?」
「ばか!はなして!!」

エカトが首根っこを掴み上げて、半笑いで告げる。ココロは怒りに火がついてすっかり涙目になって男を睨みつける。その様子にピクリと眉を動かして、不機嫌に火が付いたらしいエカトは、壁に向かって少女を投げた。とてつもない勢いで、当然当たれば死ぬ。

「ぐあッ!!?」
「けほ……あ、アルファ、くん…」

押し付けていたやつらを無理やりに腕の力だけで振り払い、死に体で壁と少女の間に押し入ったアルファは、衝撃を殺しきれずに壁に体と頭を打ち付けた。
ココロも、アルファが間に入ったお陰で死にはしないものの、白い額からはしっとりとした血が溢れた。

「バカはテメーだガキ。
状況一つ理解できてねえコイキング以下の稚魚が、癇癪起こして何とかなると思ってんのか?
ガキなら俺が容赦してやると?主に似ているから?頭がお花畑かテメー」

プッツンきたぜ、と呟いた白髪の男のあまりの形相に、部下達も止めることが出来ずに帽子の下でアイコンタクトをとる。このままでいいものか、と。
良い訳がない、ないが。それでもヘイスが間に入らないのだから、名無しの自分たちが入ったところでなんともならないのも分かる。
階級というものがあるのだ。そう、誰だって長いものには巻かれるもの。
故に、誰も前に出なかった。恐怖とは体を縛り付けるものであり、それに支配されることに慣れた手持ち達は押し並べて事なかれ主義でもある。

「あ?」

だから前に出るのは向こう水か、愚か者だけ。そのどちらかと問われれば、目の前の男は両方なのだろう。
エカトを見下ろして、開き切った瞳孔でねめつけてその襟首を掴み上げたベータのその様子を見るに。

「なんだ、この手は?」
「あの子を投げたな」
「ガキには躾がいる、わかんだろ?教育だよ、キョ・ウ・イ・ク!」

エカトの嫌に煽りじみた言葉に、ベータは黒々とした瞳を怒りに染めて衝動に任せたように殴りつけた。当然、エカトの体は容赦ない拳によって少女が飛ばされたのとは真逆に吹っ飛ばされる。
己の身が可愛いなら、決して誰も彼を殴りはしなかったろうし、ベータも昔ならこんな馬鹿げた感情任せの攻撃などしなかったと断言できた。

「ふっ、オマエ…上官に手を出してタダで済むと思ってんのか?」
「アンタみたいな他人の威光を笠に着てふんぞりかえってるだけの絞りカスが、俺の上官?
ああ、二階級特進するんならちゃんと墓に入ってて欲しいもんですなあ」

口元に垂れた血を拭い、怒りの色を静かにその瞳に灯したエカトが、脅しかけるように唸っても、ベータの心は静かだった。焦りなく、汗の一粒もかいてやしない。
いっそ、今までになく爽やかな気分ですらあった。

「て、ンめえ…!半端モンのヒトもどきの分際でこの俺に…ッ!」
「人もどきっつーんならアンタだってある意味そうだろ。
人間の皮被って二足歩行して、媚び売って……なあ?その結果がこれだ。

勘違いするんだ、人と同じ形だから、同等だと思い上がる。
哀れなもんだよなァ、俺も、アンタも」


そう譫言のように呟いてから放たれた二度目の拳に、エカトは腹を抱えて再度床に倒れる。
容赦のないそれに欠けた歯が、床の上に転がり、肺に刺さった骨の痛みに静かにうずくまった。ココロは呼吸するのも辛いが、不思議とそれを目で追う。何かに意識が行っていないと、今にも痛みで気絶しそうな予感があった。

「ココロ…」

じっとりとした真っ黒な瞳の色が、ココロを捉えた。雪山の問答の時に見た、彼の瞳の色とは少し違うけれど、苦しげに歪んでいるのは見えた。





「一緒に行こう」

辛そうなのに無理やり作ったような笑みは、すぐ下にいるアルファなど既に眼中になく。死屍累々の部屋の中でたった一人、紅潮した頬と不思議と喜びにも怯えにも思える震えた声で、今の今まで抑えていた何かを噴出させたような笑みを浮かべて、少女に手を伸ばした。
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