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※暴力・拷問描写あり。


「あるじにきくって、どうするの」
「ア?」

か細い声が、静かな部屋に響いた。
か弱い娘がどうせ此処で死ぬなら、疑問の一つくらい聞いておきたいと思ったから、震えながらひりだされた言葉だった。それはエカトの耳に入ってガラの悪い反射の返事に小さく掻き消えそうだったが、ヘイスがにこやかに「良い質問だねえ」と微笑んだので、エカトは舌打ち一つして口を開いた。

「お前には聞く権利ぐらい、あるかもな」
「そうだよ、君の協力が無いと成功しないだろうからね」
「体さえあればいいんじゃねえのか?」
「冷たい体じゃ、主は困ると思うよ」

淡々と交わされる言葉を拾って、アルファは静かに戦慄していた。
どうやってか、どうしてか、何故そんなことをこいつ等が知っているか。それは兎も角として、やろうとしているその悍ましい事は、一瞬で理解できてしまった。それもこれも、きっと、自分が主の手持ちだからだろう。

「お前たち、まさか……本気で主を蘇らせようなどと…、」
「あ?そんなの……オイオイオイオイ!その顔、マジで何も知らなかったのか?
ハハハッ!!傑作だ!右腕だろうがなんだろうが、あの人は結局自分の事なんて何一つ見せないってワケだァッ!」

アンタほど尽くしてきた男も居ないのに、哀れな奴だなあ!
前髪を掴まれて、アルファの帽子が落ちる。原型にない筈の艶やかな黒髪が顔を出して、エカトはそれをふっと鼻で笑った。

「これだってよォ、帽子をとったり服を変えれば人間に自然と紛れ込めるから、この髪色なんだろ?産まれてから今までずっと、人に擬態する体の作りすらあの男の定めたモンで動いてたわけだ。
バカだよなあ、お前も。ハハ……ああ、俺もか」
「……」
「お前も、俺も、誰も知らないあの人の情報、何処から持ってきたか…ホラ当ててみろよ。
なにちょっとしたクイズだ。暇つぶしには丁度いいだろ?」

チビ、お前も参加してみろよ。
金色の頭を強く手のひらで押して、怯える少女の顔を覗き込む。青い瞳が己を写して、瞬きのたびに涙が落ちるのが酷く気分がいい。そうして一生泣いていればいいと思う。

「ガキ脅して悦に入ってんじゃねえよ」
「お前、状況分かってんのか?三下が一々噛みついてくるんじゃねえよ、面倒くせえな。
…オイ、お前ペンチ持ってこい」
「ハ…ハッ!!」

冷たい目で見下ろしたまま、慌てて戻ってきた部下の一人からペンチを受け渡されると、ガンマの顔を引っ掴む。

「お前ら、ちゃんと口開けてろよ。
オイオイ、三人ぐらいできちんと体重かけねえと吹っ飛ばされんぞ」

言われるまま、ガンマに群がる部下達は体を固定させて口を開かせる。ガンマは体を捩って暴れるが、相手は戦闘経験が薄いとはいえ、主人の部下。下手な敵対者よりしっかり教育が行き届いている。
少なくとも、戦いにおいて数は正義。
抵抗虚しくガンマは男達の分厚い指で口を開かせられ、エカトの前にその口内を晒す。

「あが…!」
「おーおー、これが俺に噛みつこうとした悪い歯か。
流石はウオノラゴン、人型作ってんのにバカみてえな硬さの歯ァしやがってよ」

鋭く尖った歯の一つを、ペンチで挟む。
ココロはさっと顔を青ざめさせ、視線を背けようとしたが、エカトの手に戸惑いが見られなかった故にそれは間に合わなかった。

「う゛ぅ、がァッ!!?」

目前で、綺麗に揃っていたガンマの歯が音をたてて折れた。折れたというよりかは、引っこ抜いたが正確なのだろうが。
抉れた肉がかけた白に張り付いて、嫌に生々しく、ひどい出血量に見ているだけで怖気がする。
あまりにも鮮やかな鮮血にココロが吐き気を覚えながら顔をそらすと、ヘイスはニコニコと笑みを浮かべたまま「ちょっと刺激が強いかな」と、他人事みたいに言ってのけた。

「今回は歯一本で勘弁してやろう。俺は慈悲深いんでな。
次舐めた口聞いたら、余計なことを喋らんよう舌を引っこ抜いてやろうかな」
「………」
「そんな恨み節たっぷりな顔で睨むなよ。
まるで人間みたいだぜ?」

全力で馬鹿にするような口調で、ガンマの返り血で濡れた手をわざとアルファの顔に塗りつけた。生温かくて、ぬるついていて、いつもアルファの気持ちをどん底にまで落とす。

「さて、みんなが揃って暗い顔になったところで、そろそろメインディッシュだ。
…連れてこい」

顎でくいと指示を出して、エカトがぼっ立ちする部下にそう声をかけると、慌てた様子で先ほど数人消えていった重い扉を開く。
ギイ、と蝶番が軋む音がして、ゆっくり現れた人影。それは確かに見知った男で、会いたかった人で、今最も会いたくない人でもあって。



「れっちゃん」

窶れて酷く苦し気に息を吐く、己の親を見て、少女が零した愕然とした声。
アルファは床に押し付けられた頭を弾かれた様に上げて、今までで一番の虚を突かれた表情を晒した。彼が……否『彼女』が此処に居る。その事実はあまりにも惨い、先の結果を想像せざるを得なかった。
それを見て悦ぶ男が居ると分かっていてもなお、どうする事も出来なかった。
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