何故、もどうしても、今となってはもう、どうにもならない事だ。
アルファは特段、デルタには甘かった。彼が『こうなった』原因が己にあることを知っていたからだ。こんなことを知る必要はなかったと思う事自体が、アルファの罪悪感からなるつまらない意地に他ならない。
「なんでそんな、そんなこと望む人じゃ…」
「死の理由を知りたいなら、デルタ。お前は俺たちに付くべきだぞ」
「なに…?」
エカトがいやらしく笑いながらデルタの肩を叩くと、拘束されているでもないのに棒立ちのままのアルファを顎で指して小さく鼻で笑った。
「あの人の命令で律儀に守秘義務守ってンのは分かってんだぜ。
お前の部下も全員口割らずに死んじまって、真相は闇の中。残された俺たちは哀れに思わねえのか?」
「全員殺したのか」
「死んだって言ってんだろ。死に方を知りたいってんなら、後でいくらでも教えてやるよ。
写真もつけてやろうか?ン?」
「下種野郎が」
「主殺した挙句に部下を置いて、えっちらおっちら逃げ出した奴が言うセリフかねェ」
侮蔑と嘲りの混じる声色に、アルファはぐっと眉間に皴を寄せた。
言い方は兎も角、彼らからすれば自分がした行いは例え命令とは言えど許せない行為である。現に、周囲を取り巻く者たちからの視線は確かに憤怒や失望が入り混じっている。
あの人がどんなに冷たく、心底から自分たちを見ていないと理解しても、植え付けられた芽は当然のように育って愛になる。つまらない根腐れすら起こさないそれは、もはや呪いだ。
「お前の脳みそから内容を一字一句抜き取るってのも勿論手ではある……が、そこは流石主。
強力なエスパータイプの口はキチンと『閉じて』あったよ」
「……それで、どうするって?」
「まあだから、当人に聞いてみることにしたんだよ。
なんでそんなに死にたかったんですか、ってなァ!」
「ぐゥ…ッ!?」
「アルファくんっ!!」
思い切り腹を殴られ、アルファは膝をついた。
見えていたとしても、避ける選択肢はなかった。見上げた男の顔は、先の見えない未来に苛立ちを隠しきれていない。この男をこうまで追い詰めたのは、自分である。
ヘイスの腕の中で怯えていたココロが、血を吐いたアルファの青ざめた顔を見て悲鳴を上げた。小さな手のひらが必死に伸ばされたが、ヘイスからすればそんな動きは片手で諫めてしまえる程度のものに過ぎない。
そのまま頭を足で床に押し付けられたアルファは、背後で大きくなったガンマの怒気に小さく「止せ」と呟くことしかできずに伏せる。
「止められませんよ、こんなの。
アタマがナメられてンのに、俺に黙ってろっつーんですか」
「状況をよく見ろ…ッ!ココロが、殺されるぞ…!」
「知ったこっちゃアねえよ。人間の死が早いか遅いかは、運だろ」
死んだら運が無かったんだ。
そう言うが早いが、ガンマが背後の部下の首をひっつかんでエカトに向けて投げる。情けない悲鳴と共に突撃する兵士を片手で打ち返して、エカトは一歩退いた。足がアルファの頭から退くと、そのエカトに向けてガンマの鋭い牙が向かう。
かぶりついて肩をこそげとろうかと言うそれを、咄嗟に庇ったのはデルタだった。
「さんざジャマすんなって言っただろうが……デルタァッ!」
「僕は、真実が知りたいんだよ…ッ!ただ、主がどうして死んだのか、それが知りたいだけだッ!!」
「馬鹿の一つ覚えみたいに主主主ってよォ…!
なんでこう『手持ち』って奴はクソ盲目なのかねェ!!」
二人の鍔迫り合いにエカトは舌打ちしながら距離をとり、ヘイスの隣に立ち片手で拳銃をココロのこめかみに向けた。冷たい銃口の感覚に少女が小さく悲鳴を上げる。
涙を落とすその姿に、立ち上がったアルファは唇を噛んでから「ガンマ、もう止せ!」と再度制止の言葉を吐く。
「…ッ隊長!!逃げねえと殺されるってなんでわかんねーんだ!!」
「彼女が死んだら俺はお前に二度と、命令を下さん。
わかったなら決して、動くなッ!」
「…………そんッなに、アンタ…!」
ぐっと強く眉間に寄せられた皴に、ガンマが泣きそうになりながら腕を下ろす。デルタは、相変わらず蒼白の顔で、目じりには涙をためていた。
皆が皆、押し並べて行き場のない子供のような表情であった。
「…ハッ、大事な話があるってのに、暴れまわりやがって。
これだから躾のなってないドブ川の淀どもがよォ〜!」
「エカト、君がアルファに意地の悪い事ばかり言うから拗れただけだと思うけど」
「うるせえな、俺ァ悪くないぜ。ちいぃ〜ッとも、なっ!」
飛んできた部下とぶつかったせいで少し傷を作ったのか、軽く己の頬を撫でながらエカトが待機する部下に指示を出す。
アルファとガンマがそのまま再度(同じくポケモンの力では容易く壊されてしまうので、形だけだろうが)拘束をすると、一人の男に耳打ちした。
彼は頷いて周囲の者たちに短く言葉をかけて、数人で出ていく。
「さてと、今ゲストを呼びに言って貰ってるからよォ。
その間、楽しくお喋りでもしようや」
どうせ、俺たち何処にも行けないんだからよォ。
自嘲も含んだ笑いと共に、エカトがそう呟くと、誰しもが言葉を無くして俯いた。主のいない手持ちに意味なんてないのだ。
此処に居る皆、徹頭徹尾、てっぺんからつまさきまで、一生涯呪いのようにあの人の所持品なのだから。