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アルファの言葉を聞いて冷静でいられる筈もない。
デルタは疲弊し切った体を無理やり動かして、アルファの首を締め上げた。壁に叩きつけられて、帽子がずり落ちる。避けられるはずのそれを避けずに、その攻撃を享受している事自体が答えに見えた。

「なんで…なんでそんなことッ!僕らのこと騙してたのかよッ!なんでだよッ!!」
「……そうだな」
「そうだなじゃねえよ!!ふざっけんな!!」

なんだよ、もう。
息を切らして、ずり落ちるように膝をついて、デルタは気落ちしたようにか細く呟いた。自分たちがやってきたことは茶番だったとか、アルファを信じてやってきた事自体が、無駄だったのかとか。
デルタのそんな錯乱を見て、ベータも同じく混乱はしていたものの、息を吐いて静かにタバコの箱を取り出すだけに留めた。
自分より混乱する人を見ると、逆に落ち着くと言うあれだ。

「手ェ離せよ」
「…お前も知ってたってワケ」
「俺は離せって言ってんだ」
「よせガンマ、今回のことは俺が…」
「アンタは悪くないでしょ。
いつもあの人が悪いんだろ、尻拭いはいつも俺らだ」

死ぬ前も、死んでからも、誰も彼もを苦しめる。
そんな冷たい言葉に、デルタは憤り握った拳をガンマの顔面に放った。
放たれた一撃は殺意のこもった必殺の一撃に等しかったが、ガンマはそれを片手で軌道を逸らして避ける。あまりにも“戦いの場数が違いすぎる”動きに、デルタは避けられた瞬間すら見えなかった。
はっと息を呑み、目を見開くデルタとは反し、ガンマの視線はあまりに冷淡だ。

「なっ…!?」
「今の今まで隊長に庇護されてたガキのくせに、俺に勝てるわけねえだろ?」

呆れてものも言えぬとばかりに鼻で笑ったガンマは、デルタから視線を外してエカトの方を横まで睨んだ。

「話し合いしたいってんなら構わない。
けど、情報小出しにして隊長を傷つけたいだけだってんなら…俺にも考えあるけど」
「ほほお?ならどうしようって?」



「この場に居る奴ら、全員を殺す」

その淡々とした真実しか述べない、ガンマの声色には凄みがあった。確かにそうするだろう、と言う確実性と、気概を感じさせる何かが。
だからこそ、エカトは表面上なんでもなさそうに振る舞っているものの、内心で冷や汗を流していた。多勢に無勢で勝てない筈はない。ないが、この男が戦いを仕掛けてきたら、まず間違いなくチームは半壊滅状態に追い込まれる。
これは、ガンマが人並外れて強いとか、戦場に慣れている、などと言う積み重ねのことではない。


何故か。
戸惑いがないからだ。

恥も外聞も、戦いにおいての一瞬のブレすら、そこに存在し得ない。頑なに感情の蓋を閉じたアルファとは違う、それは確かな無感情。

(人質なんか見てすらいねえじゃねえか)

鉄則として、人質と言うのは生きていて価値がある。逆説的に死んでいては何の意味もない、相手方の士気や大義名分を掲げるだけのものになりさがるのだ。
人道を解するなら幼子の身柄は護るべきである。ガンマもそうする、それはもう出来うる限り。しかしあくまでも人には優先順位があるのだ。
あの幽霊屋敷の出会いも同じく、単なる邂逅であれば幽霊のあの見知った少女を振り払わなかっただろう。守りもしただろう。

あの時、彼女を退けたのはあそこで死ぬのは命令に反するからだ。ココロを守るのも、アルファがそれを望むから。
詳しい理由はわからないまでも、彼女の存在が何かしらに必要だからなのだ。
ただ彼は自分の認めた者の命と、その尊厳を守るためなら、あらゆるモノをガンマ一個人の精神の衛生のために殺す事に何一つためらいが無い。

命令に従う心と、己のために命令を切り捨てる心、その両方を過不足なく完璧な精神バランスで内包している。
その上で、正しいと言われる道徳心を学び、理解をして“は”いる、それがガンマと言う男だ。

「ガンマ、話し合いをしなくちゃいけないんだ。
その殺気は抑えるべきだと思うな。
…ああ、こんなに震えて可哀想に」
「どっちが先に喧嘩売ってきたかすら覚えてねえのか?」

殺意とは目に見えぬ刃である。
戦いに慣れ、殺しに飽きている彼らならいざ知らず、生まれたばかりの幼子であるココロには話に割って入るどころか、呼吸をすることすら儘ならぬほどであった。
すっかりヘイスの腕の中で震え上がり、がたがたと歯を鳴らす姿に、黙って傍観していたベータは頭の中がスッと冴えた。
ガンマの横面を今にも殴りつけそうな拳を、必死に抑える。これ以上引っ掻き回せばココロを更に怯えさせることになる、それは避けねばならなかった。
愕然とした様子で、己の掌を眺めるのみになっているデルタを横目に、ベータは次の手を思案する。此処で動けないのならそれまでの男だ。

「もうその辺にしておけ」
「…っ隊長!でもさあ!」
「俺は一々部下に守ってもらう程、か弱いつもりはない。
発言を控えろ、ガンマ」
「…りょーかい」

アルファが強張った顔で諌めると、しゅん、と効果音がつきそうな顔をして、先ほどまでの鋭利な雰囲気を押し込める。そうして、ガンマは伏せをする犬のように小さくなって、アルファの後ろに下がった。
エカトはそれをみて静かに排気すると、少しだけ目を伏せてから偉そうに椅子に座り直した。ヘイスに抱えられた少女の己より青ざめた顔を見なければ、とてもじゃ無いが冷静ではいられなかったろう。
それほどの殺気に、衣服越しに粟肌だった己が腕をゆっくりと撫で付けた。
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