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菓子を目の前に並べられ、どれほど穏やかに接されても、ココロの心の中はぐるぐるとした嫌な感覚が止まらない。
ヘイスにつけられたチョーカーは黒く艶やかで、ハーフアップにされた髪と着心地のよい黒いドレスは、幼いながらもまさに主の生き写し。女の身であれば、かの方はこの様な衣服を好まれていたでしょうと。

(なんだか、いごこちがわるい…)

皆は今頃何をしているのだろうか。
ベータやデルタは顔を見たわけではないが、苦しげであったように思う。ガンマやアルファは無事だろうか。自分だけこんな風に綺麗な服を着て持て成されていていいものだろうか。

「お悩み?」
「…えと、ヘイス、さん?」
「おやまあ。この短い間に僕の名前を覚えてくれるなんて、なんとも賢いのだねえ」

よしよし、とにこやかに頭を撫でる青年に、困ったように曖昧に笑みを浮かべる。この歳で愛想笑いとは中々に気苦労の絶えぬ毎日だったのだろうとは思うが、少しの苦労はこれからを思えば、それこそ必要な犠牲だったのだと思える事だろう。

「あのっ!おかしはいいので、アルファくんたちにあわせてください!」
「勿論、構わないよ。でも今はダメ」
「どうして?」
「みんなお色直し中なんだ。邪魔をしたらいけないよ」

周囲を取り囲む青年たちよりは居心地の良い瞳の色に、何と返したものか悩む。
この人は多分、自分を見逃す人ではない。しょうがないと言う言葉を使ったとしても、腕の力を緩めない。同情では動かない。

「わたし、どうしたらいいの…」

こういった男に対して必要な駆け引きと言うのは、少なくとも幼い子供には思いつかない。だって、表面だけでも彼は取り繕う仕草すら見せてくれないのだ。
ココロはこの年頃にしては聡い。寧ろ聡すぎるくらいの娘だが、それは相手が何かを『求めている』という前提において成り立つ。空気を読む力が人より少しばっかり上手い程度のものだ。
相手が何もココロに対して何も思っていない場合において、この鋭利な感覚も何ら意味をなさないのである。

「大方、あいつらに適当に言いくるめられてたんだろうに。
それでも懐いてるのは吊り橋効果ってやつかねえ?」

真向かいに腰掛けたエカトが、残っていた菓子を摘んで口に入れる。数回噛み砕いて咀嚼したのちに、大して美味くも不味くもないなどといいながら、頬杖をついて子供の頭を眺めた。
小さくてどこにも頼る術のない、ただのガキを見ているのは非常に気分が良い。弱くて惨めな相手を見ると、自分がマシに思えるから。

そんなエカトの心中を見透かして、ココロは眉を吊り上げて無言で男を睨んだ。何も持っていないくせに、威勢だけはいいのが尚滑稽に思えた。


見知った四人が連れてこられたのは、それから一時間後のことだ。
未だに少し顔色の優れないまま困惑の色を強めているベータとデルタとは対象的に、何やら悟ったように意を決した表情のアルファとガンマの姿がやけに印象的だった。

「おーおー、やたらと辛気臭いツラがならんでらあ」
「話があるんだろう。呼びつけておいて随分な言い草じゃないか」
「別に?話し合いってのは、同格でやるもんだ。
俺ァ、殺処分が妥当だと思ってるんだぜ。特にアンタに関してはよう。


なあ、主人殺しの犯人さん?」


エカトの灰色がかった瞳に、殺意の色が確かにさして、アルファを睨んだ。
その言葉に顔を無理やり跳ね上げられたかのように上げたベータとデルタに反して、ガンマは随分と気分悪そうに目を細めた。

「どういう、こと…?どう言う意味だよ、それ…」
「なんだ、部下にも言ってなかったのか?
ハハ!いや、そりゃそうか!そんなのバレたら付いてくるやつなんかいやしないもんなあ?」
「………隊長、どういうことです」

息の詰まるような二人の視線に、アルファはゆっくりと向き直った。変わらず、彼は呼吸ひとつ乱れぬ落ち着いた様子でただ「事実だ」とだけ返した。
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