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背後の敵に気がつかなくとも、一撃でこちらを仕留められないならアルファにとって脅威足り得ない。
殺気に気がついて避け、致命傷を外した腕を燕返しで吹っ飛ばした。痛みに転げた男のガスマスクをひっぺがし、先ずはデルタに被せ、後衛に回っていた男の足を払って腹に電撃嘴でトドメを指す。
戦闘ではいつものパターンだが、身内にこんなことをするようになるとは。…などと、そんなことは今更。

肉体疲労より精神疲労が強まってきたアルファは、二人めから奪ったガスマスクをベータに被せ直すと残った一人の背中を踏み、所属と状況をはかせた。
吐けば助かると思っていたらしい男の背骨を折りたたんで、赤く染まった口元の泡をぼんやりと眺める。
こんなことに慣れるべきではないが、アルファにとっては脅しと殺しなど、ただ呼吸をするようなものだ。

「ひ、ひとでなし…!」

引き攣った声での死に際の罵倒に、アルファはふっと笑んだ。人でないのに、人でなしとは。
そんな言葉が出るくらい、あの人のいない場所は平和なのだろうかと。


「下っ端ぶっ殺して此処まできたかよ。
おーおー…容赦のない事で大変結構ですなあ、右腕どの?」

向かってくる勇敢な兵士達を遠慮なくぶちのめして、アルファは持ち前の電気エネルギーをこれでもかとぶつけた。停電はその影響だろう。
暗闇の中にあって目が利かないのは生き物の道理だが、実戦を積んだ者を相手取るにあたってはその先入観は問題だ。
悪態をつくエカトの言葉に耳を傾けることなく、アルファが振るったナイフは首の血管に向けて下ろされる。当然、それをむざむざ受けるほど間抜けではないので、腕ではじき上げて刃を折ると、そのまま拳を突き入れた。
視線に捕らえなくとも、防がれたなら一退。アルファが飛び退いてその拳を避けた。

「思ったより動けるみたいで安心したァ。
俺ァすっかり老い耄れて、ソンケーする相手をこれからリンチにせにゃならんのかと、内心涙を呑んでましたから」
「…ガンマ、動けるな」
「アハ、ヨユーッスよ」

パン、と乾いた音と共に、ガンマの腕につけられていた手錠が割れる。
男の戦いの匂いに興奮して、異様にギラギラと輝いた瞳が、周囲に怖気を走らせた。エサを前にして待てを食らった獣のそれだ。

「ああアルファ、良かったよ!君まで来てくれるなんて!これで話し合いはスムーズに進みそうだね」
「オイテメエ本気か?このまま畳んじまえばいいだろうが」
「主を呼び戻すには彼女の協力も必須だし、アルファたちにも悪い話じゃない。
それにベータもデルタもガスにやられて朦朧としてるみたいだし。可哀そうだろ?仲間同士協力しないと」
「………マジのヤツかよ」
「うん。
ココロさんもこのまま戦いになるより、話し合いで解決した方がいいと思うでしょう?」
「え!」

置いてけぼりを食らっていたココロは、突然のヘイスの言葉に戸惑いながらも頷いた。
当然だが、互いに傷ついてしまうよりは話し合いで解決できるなら、それに越したことは無い。少なくとも、ココロはヘイスを危ない人とは思うけれど、特別に悪心を持つ人とは思わなかった。
幼子の様子を見て、アルファは少し悩んだように数秒瞼を閉じたが、すぐに開くと「わかった」と両手を上げた。戦わない、というサインだ。
ガンマはつまらなそうに口を尖らせたものの、砕けた手錠を踏みつける仕草をするだけで、それ以上の攻撃的な行為は鳴りを潜めている。

「話し合いをするなら、ベータとデルタが意識を取り戻してからだ。
……それでいいな、ヘイス」
「もう上司でもねえのに俺に命令するんじゃねえよ。随分面の皮が厚い男だなァ」
「勿論構わないよ。置いてけぼりを食らったら、可哀そうだものね。
いいよねエカト?」
「…チッ!ああもう勝手にしやがれ!」

壁を足蹴にしてからそう叫んで背を向ける男に、ガンマが背後で舌を出しているのを諫める。元々、ああいった手合いとは相性が悪い。
破裂した電気を入れ替え始める兵士たちを横目に、ココロの首元に静かに添えられたヘイスの長い爪が未だに肩にかかっているのを見て、アルファは静かに息を呑んだ。彼女がヘイスの腕の中にいる以上、こちらに決定権と言うものは存在しないのである。



「アイツ、マジでイカレてんじゃないすか」
「……否定の言葉は、俺には出てこないが」

彼らからすれば、ココロは必要な部品であるので殺してしまう訳にはいかない。
しかし、ヘイスは彼女がいつ死んでもいいという顔をしていた。まああの男が常識とか現状把握だとかそういった行為が出来るとは思っていない。だからこそ、突発的に手にかける可能性があるから、厄介なのであるが。

(せめて、エカトの方であれば、強行突破もやむなしだったが…)

待機場所と言う名の牢獄で、首につけられた技を使えなくなる機械に指先をひっかけながら、ガンマはそう呟く。

「隊長。このまんまだとアンタ、タダじゃすみませんよ」

アルファの『したこと』を全て知っているガンマは、そうぼやく。それは困るから、本当はこの場からさっさと逃げて欲しいと思っているという気持ちを込めていた。
ガンマは、ココロを見殺しにすることも、此処から逃げることも、ベータやデルタを置いて行くことも、咎めやしないだろう。むしろ、喜んで首輪をちぎって手伝いに精を出すのが見ていても分かる。
アルファがそんなことをした己を一生許せないだけで。

「その時は、皆を頼む」
「それは絶対嫌です」
「…お前、俺に従うんじゃなかったか?」
「俺の意志でアンタに従ってます。だから、俺の意志でNOを突きつけることもありますよ」

別に奴隷じゃないんで。
ばっさりそう切って捨てると、酷く焦りの滲んだ真剣な表情で向き直った。
ガンマは主と相対した時ですら、これを言ってのけられた。圧倒的に己の我を通す、主に魅入られずただ自分で決めた相手であるシスターの掟と、自分のエゴを守って生きている。
時々、アルファにはそれが酷く眩しく映る。
羨ましいとも、恨めしいとも。

「隊長、俺もうこれ以上主変えたくないんですわ。
だからほんとに勝手に死なんでくださいよ。
俺、地獄迄アンタをもう一回殺しに行かにゃならんくなりますから」
「まあ、善処するさ」

冗談何だか本気何だか、いまいち分かりかねる文句を聞きながら、青ざめた部下二人の顔を眺めた。
生きて呼吸をしている。それだけで救われる思いになるのは、やはりただのエゴだ。
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