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ココロは知らぬ男の腕の中に抱え込まれ、息をする音すら聞こえぬように小さくなって、俯きがちになりながらもガンマの方を見た。
彼は極力少女を怯えさせぬように笑みを作ったが、後頭部に付けられた銃口の重みは理解している。ガンマは別に死にたがりでは無いが、特別生きたいとは思っていないので、その辺の死への恐怖はないが。

「なんだ、ガンマだけかよ」

窓のないコンクリ固めの四角い部屋のど真ん中で、安いパイプ椅子に座った白髪の青年が鎮座していた。そうして、連れてきた二人と笑顔の男を見て、大層つまらなそうにそうぼやく。
見たく無い顔が揃った、とガンマは内心で舌打ちしたい気分だったが、此処にアルファが居ないのは逆に幸運だ。彼がコイツらと邂逅する前に、即座に殺した方がいい。
しかし、ココロを危険な目に遭わせること自体は心苦しい…と言うか、死なせて仕舞えば計画がご破産になるだろう。避けねばならない。

(細い綱渡りだな)

守りながらの戦いは、結構大変だ。
アルファや元主人なら放っておいても死にゃしないが、人間の子供は簡単に死ぬ。頭は正直良くは無い自覚がある、正面突破が一番楽だ。
じゃあ目の前の二人に正面突破でなんとかなるか?それは否である。

「お手上げ?」
「……どーかな」
「んふ、ガンマは変わらなくていいね」

主人が死んでも。
にこやかにそういった青年の横面を、銀色の何かが思い切り叩いた。正確には叩いたのでは無い。
パイプ椅子が飛んできたのだ。彼が咄嗟にココロを背に庇わねば、男はともかく腕の中に居た人間は怪我では済まない勢いである。

「事実を呈されただけで口より手が先に出るのは、良く無いことだと思うな。我が友」
「黙ってろ狂人。
オイガンマ、てめえらパッチワーク集団が勝手に行動してくれたおかげで、大事な供犠が進まねえんだ。
どう落とし前つけてくれるんだ?ア?」

襟首を掴んでから、自分より背の高いガンマにそう凄む青年は、あからさまに苛立ちながら怯えた様子のココロを一瞥すると、大きく舌打ちした。
ほんの数時間前に銃を突きつけてきた青年の方は、ココロを抱えたまま機嫌良さそうに笑みを浮かべて居るので、そこだけ別の空間のようで、待機する武装集団も内心冷や汗を垂らしている。
常に不機嫌な上司も問題だが、顔が笑顔でも何を考えているか良くわからない上司も、部下としては厄介なものだ。
そんな戦々恐々とした雰囲気を気にもせず、ガンマは掴んできた腕を逆に掴み、手首を強く握った。それは全く、ココロは見たことのないほどの冷たい視線も合わせて。

「主人はもう死んだんだ。切り替えろよ、エカト」
「ハッ!そりゃテメェの上司に言った方がいいんじゃねえか?」

死んだ部下や恋人なんて、忘れちまえってさ。

馬鹿にするような声色で、そんな、あんまりに酷いことを言うものだから。遠くで聞いていたココロはすっかりポカリと一つ叩かれたような、真っ白になった頭で、二つの虚なまなこで、エカトと呼ばれた男を見た。
視線に気がついた青年の表情は、一瞬苦しげに歪んだものの、ココロの方を見て少し呆気に取られたように固まった。それから、無理に作った笑みを浮かべ、挑発的に少し上擦った声を上げる。

「なあんだ、まがいモンの癖に一丁前にショック受けてんじゃねえか。
顔は同じでも、主人サマより随分と可愛げがあるなあ?」
「エカト」
「なんだよ」

青年は強張ったココロの背中を優しく撫でて、エカトに静かに声をかける。その手の優しさは、先ほど拳銃を向けてきたとは思えないほど穏やかだ。
ココロが無言で服に深い皺を作らんとばかりに握りしめると、赤子にするようにヨシヨシ、と小さくつぶやいて揺籠のように揺れる。
そうして、次いで、そのこの殺伐とした空間に似合わぬ凪いだ声でささやいた。

「傷つけてはいけないよ。
彼女も、自分も。仲間なんだから、なかよくしようね」
「……やっぱアタマおかしーんじゃねえのか、ヘイス」
「ふふふ、つい意地悪ばっかり言ってしまうのだね。
ほんとは彼はとてもよい子なんだよ、ココロさん」

傷つきやすくて優しい、がらすざいくの子。
ヘイスと呼ばれた男が甘い声でそう呟くと、破裂しそうな怒声と共にパイプ椅子が飛んできて、今度は岩肌にぶつかって砕けた。
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