03

主のレポートはシンオウ地方のカンナギタウンから始まっていた。
彼の出身地がシンオウなのは知っていたが、生まれがカンナギタウンだとは知らなかった。どちらかと言うと神のおひざ元と言うことで信奉心の強い者が多いイメージであったが、思い出す限り彼が神に祈りをささげるような性質であったとは思えない。
神より、人より、ポケモンより、金より、自分だけを信じるような人だった。

「…It’s always darkest before the dawn.」

一番最後のページまで捲り終えて、最後に見た言葉はそれだ。
夜明け前が一番暗い、と言う諺である。何を指しているかはまだ分からないが、彼が最後のページに日誌としてではなく道しるべとしてこれを残したなら、手に取る我々へのメッセージともいえる。

(この場合、夜明けとは誰を指すのか)

アルファたちか、あのリザードンか、主か、もしくは少女か。または別の、出会ってもいない誰かか。
船を進めて暫く、流石にカントーとシンオウまではそこまでの距離ではなく、一日もすればミオシティの港にたどり着いた。主のレポートが指すカンナギタウンまでは幾分か距離があるが、恐らくそこまで彼の予想通りだろう。

<私の出身はシンオウ地方にある小さなカンナギタウンという町だ。
老人と小さな子供ばかりの田舎町だが、私にとっては今は遠き故郷である。
私はここから旅に出た。
今思い返せば、旅とは美しい思い出ばかりではないが、少なくともその歩みを進める時の冒険心とは誰しもが持ち得る宝石のような眩い輝きを放っているものだろう。
こんな私にも、そういう幼き時があった。>

<もしも、このレポートを読んで他所の国からシンオウにやってきたなら、記憶に間違いないならミオかナギサにつく船でやってくるだろう。
飛行機はこの地方では大きな山や降り積もる雪から敬遠されがちだ。
シンオウに住む者にとって、空は未だに神の物なのである。>

「空は神の物、か」

アルファは一度、ページを閉じた。
一度、全部目を通した筈なのに一ページ目以降の文字には靄がかかったように目がかすんで読めなくなるし、記憶にもまるで残らない。誰かに頭の中を弄られているようで気分が悪いが、此処が彼曰く神の土地だからなのかもしれなかった。

「日が暮れ始めたな、一度宿をとるか」
「ちょっと、先に進まないでいいわけ?」

漸く目を覚ましたデルタが痛みと元々の不機嫌に足を鳴らしてそう問う。勿論、アルファ自身もそれは考えたが、足元ですでに舟をこぎ始めている少女を見れば、強行する気にはならなかった。

「彼女は眠いようだ」
「ハア〜?別にこんなちっこいの、抱えていけばいいじゃん」
「勿論それでもかまわないが…主の命令書には『忘れ物と共に』と書いてある。荷物のように扱うのは『共に』になると思うか?」
「あーはいはい…そう言う、謎かけみたいな話しますゥ〜?」

もちろんそれにバツがつくと本気で思ってはいないが、もしかしたらがあると思うと慎重になりたくなるのがサガである。
特に、自分達の主はその、少し性根が捻じ曲がっていたので尚更。

ミオの船宿に泊まるとなると、大の男と一人の女の子が鮨詰めになって寝る羽目になる。ので、本来はポケモンセンターに泊まるのが一番なのだが、トレーナーカードの新調にも親の同意書が必要であるし、尚且つデルタの「僕の主サマは主サマだけなの!!!」と言う鼓膜の破れそうな叫びにより、結局鮨詰めになった。
寝泊まりするだけなら致し方ないと男だけなら言えたものの、小さいとは言え女の子をこんな場所に寝かせることになるとは。アルファが苦虫を噛み潰したような顔をすると、ココロはそれを察して無理矢理パッと笑顔を作った。

「へーきだよ!わたしって、ねぞういいんだ」
「そうか、それは…頼もしいな」
「えへん」

少女の空色の瞳がうつす空色の光が、まつ毛の隙間で瞬く。
主とよく似通った整った顔立ちから出る満面の笑みは、致し方ないことだが従う側である彼らの心を確かに癒すのである。
デルタが大変不本意そうな声を上げながら歯を鳴らしたのが、全くその威力の強さを指し示している。

「寝られそうか?」
「うん」
「狭くて悪いな」
「ううん」

アルファがにこりともしない中、少女は雑魚寝した四人の男たちに挟まれるように、その小さな体をうすべったい布団の上に転がした。扉側にデルタ、アルファ、ココロの隣にガンマが居て、壁際に膝を抱えるように丸まってベータが収まっている。
ぶら下がる白いペンダントライトがゆらゆら揺れているのを、ココロはどうしてかそのまろい頬にふくふくと空気をいれながら興奮した様子で眺めている。

「寝るぞ?」
「うん!」
「…ガンマ」
「なんかウキウキしてるね、ココロちゃん」
「だっておとまりかいみたいなんだもん」
「ブッ!!」

少女の明るい声に、離れた位置に居るベータが吹き出した。
扉側に寝ているデルタが「うるさい」と苛立ちを露わに寝ぼけた声で吠えると、声を殺して静かにオイオイ、と呟いた。
馬鹿にした声にガンマが眉を吊り上げて彼の背中を軽く叩くと、後ろを向いたまま肩口に手をひらひらと揺らして適当に往なす。寝る前に喧嘩をする気はないのだ。

「電気を消すぞ」
「はあい」
「はい!!」
「うるさ…」
「うるせえ…」

電気を消すと少女は元々あった眠気に誘われてすぐに眠ってしまった。
あまりにあどけない寝顔に彼女が特別変わった存在とは思えないが、死に際にまるでこうなるのが決まっているように用意されていた指示やレポートの存在を思えば、ココロという娘の存在自体が不穏要素ではある。

(…寝るか)

アルファはひっついてきた小さな体を押しつぶさないように腕に抱えると、目を閉じた。それと同時にガンマの寝相の悪さを思い出したので、少しココロを抱えて距離をとった。
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