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戻ったアルファは直ぐに全員を集めて、カンナギを目指した。
何も分からず先行きを決めたことにデルタは口を挟んだが、有無を言わせぬ雰囲気に結局口をとがらせ、それでも最後に「わかった」と頷いた。
ベータも口には出さないものの、何故と言う気持ちがあるのは明白で。ガンマはそれに合わせていつもの様に軽口をたたく。そこからは売り言葉に買い言葉で軽い口喧嘩が始まって、なあなあに穏やかな空気が流れる。

ただココロは、少し泣きそうな顔でアルファに抱き着いた。
今まで離れていた分を埋めるようでもあったし、彼のざわめく胸の内を見透かして寄り添っているかのようでもあった。



「…霧が出てきたな」

元より、210番道路は日によりけりだが濃霧で前が見えなくなるくらい、霧が発生しやすい。大きな川が近くにあるがゆえだとは思うが、しかし過去の人々は、神に最も近い古の町と、現世とを区切る境目として、霧を神のものとしたと言う。
実際どうかは知らないが、霧をはらう術を持たないアルファたちは、前進し続けるより他はない。
前を進んでいるのか、それとも戻っているのか、はたまた、横道に逸れているのか、それが正確にはわからないまでも。

「あ、あ…」
「どうした」

前に進むしかない。
アルファはいつものように進もうとしたが、後ろをつく部下の一人…デルタが狼狽えたように声を上げたのに気が付いて、振り向く。
浅い呼吸を繰り返し、顔に爪を立てて酷く狼狽した様子であった。ぐっと下を向いていた彼が顔を上げ、その形相と突如として振りかざされた腕のスピードに慌てて対応する。
自分一人なら食らっても構わないが、今腕の中にはココロが居る。

「落ち着け、何があった!」
「う、うう…イヤだ…イヤだあ…!」
「…ぐっ!」
「! ベータもか!」

発端はわからないまでも、霧が濃くなるにつれて部下たちは混乱に呑まれているようであった。
デルタは頭を抱えて錯乱し、ベータは膝をついて動けない。一体何が起きているんだと言う気持ちよりも、自分の気がすっかり抜けていたことに苛立つ。
気休めのマスク代わりにココロの口元にスカーフをつけると、腕の中の少女を地面に下ろす。知りうる限りだが、この眩暈と幻覚を及ぼすガスは、空気より軽い。
そして霧に見えるほどの大量のガスとなれば、誰が、どういう理由で使っているか、予想もついた。

「つまり…この霧は…!」

追手の撒き散らした、化学兵器の霧。
理解した瞬間、脳の奥が冷たくなった。こういうやり方をするのが、好きな男でもあった。そう、自分たちの主は。

「アルファくん、みんなどうしたの…?デルタちゃん、ベータくん…?」
「大丈夫だ。二人は暫く動けないが、我々は先に進まなければならない。
…ガンマ、無事か!」
「ヨユーっす」

いつもの笑顔で返したガンマにココロも少しだけホッとしたようだったが、倒れこむ二人とこうして問題なく動ける二人の差は一体なんだろうか、とも思う。
年端の行かぬ少女にはあずかり知らぬところだが、ベータとデルタは言わば『一般枠のたたき上げ』である。それなりに苦労し、それなりに苦しみ、通常のポケモンよりも酷く傷ついただろうが、ガンマからしてみれば『それだけの存在』である。
とはいえ、不幸の大小を競ったところで、何の意味もないが。

「ココロちゃんは大丈夫?」
「う、うん…わかんない…けど…だいじょーぶ…?」
「……いや、マズそうだな。
ガンマ、何とかココロを連れて霧の外に脱出しろ」
「隊長は?いくら俺らでもこの量だと時期に『効いて』来ますよ」

ガンマは帽子のツバの隙間から、笑みを消したまっすぐな瞳でアルファを見た。
これまでになく真剣で、鬼気迫った様子でもあったが、それを言及する者はここには居ない。

「馬鹿言え、二人を置いては行けないだろう」
「ちぇッ、たいちょーって甘ちゃんなんだからなあ…」
「軽口叩いている暇があるなら、足を動かせ。お前も危ないぞ」
「はあい、わかりましたよう…」

子供がすねて親を突っぱねるような、軽い口調で返した。そんな雰囲気でもないのに、それがガンマらしかった。
アルファが安心したように少しだけ目元を緩めると、意識が朦朧とし始めている様子のココロの頭を軽くなでた。今にも倒れそうな少女をガンマは抱え上げると、アルファの命令に従って走り出した。方向は分からないが、走っていれば外には出る。それだけは間違いなかった。


「…あーあ、イヤだなあ隊長。
俺の手綱、簡単に離さないでくださいよ」

新しいの探すの、結構大変なんだから。
笑みを消したガンマの言葉は、誰の耳にも届かず、向かい風に掻き消えた。
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