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ギンガ団と言えば、近代では大きな時空間の歪みを生み出し世界の感情を消滅させようと目論んだ悪の組織として有名だが、過去は調査隊としてシンオウを切り開いた開拓者たちの集いでもあった。
善行も悪名も、最早それそのものは過去の遺物としても、良くも悪くもどこかの誰かが付けた爪痕は残っている。再度足を運んだ倉庫も、その抜け殻の一つだろう。

「漸く来たか。
さっきは素通りしていきおって、肝が冷えたわ」
「人払いをした方が良いんでしょう」
「それは、貴様次第だな」

別に此方はどっちでも構わん。
自分の爪にやすりをかけながら、一体全体この古ぼけた倉庫にどれだけの設備を詰め込んだのかと言う機材に囲まれながら、アルファは促されるまま丸椅子に腰かけた。
レジエレキであるムディーアは、初めて出会った時と変わらぬすまし顔で、全ての事が手のひらの上であるような余裕な表情でアルファを見下ろしている。
自分とは違う生き物…同じポケモンと言う括りであるという事実があろうと、立場が違う。少なくとも長々と顔を突き合わせて話していたい相手ではない。

「それで、なんの御用です」
「なんだその言い草は。こっちは善意で良い情報を提供してやろうと言うのに」
「情報の価値はそれを求める相手にのみ適用されるものでしょう」
「…なんだ、必要ないか?」

困った、と薄ら笑いを浮かべた男にこめかみがピクリと動く。この男、出会った時から妙に苦手だった。上から目線で金髪で、異様に口が回る…と、考えて、成程納得する。

(主によく似ておられる)

高みに上った存在というのは、こういう風になるものだろうか。こう、人を食ったような。
眉間に寄っていく皴を指先で伸ばして、この男が何故そんな情報を提供したがるのか思案する。とはいえ、相手の情報も少なければ元々頭の出来は平々凡々もいいところだ。
何を期待されていてもされていなくとも、己の仕事は全うせねばならない。それがアルファの産まれてきた意味だ。

「有用な情報なら、有難く。
しかし俺から貴方に情報提供しろなどと申し出たことはありません。此方から渡せるものもない。そこは留意頂きたい」
「構わん。これはつまり、ノブレスオブリージュだ。持つ者は持たざる者を救ってやるのも仕事のうちよ」
「それは……結構なことで、大変ありがたいですね」

もうなんでもいいから話せ、と言う気持ちを抑え込んで、愛想笑いを浮かべて合図地を打つと、ムディーアの表情はあからさまに不機嫌に変わる。
ガキの様に口をとがらせて、眼鏡を軽く押し上げ足を組み替える。その仕草は何でもない癖に何故か堂に入っていて、小奇麗にまとまって見えた。

「フ…思ってもいないことだろうに、必要のない御輿迄担ぐのは趣味か?
…ああどちらかと言うと癖だな、貴様。土気色の顔をしおって、見ていて気が滅入るわ」
「話があるとおっしゃられていたのですが、全て嘘ですか?」
「せっかちな奴め。世間話もまともに出来んと恋人から愛想つかされるぞ」
「残念ながら、そのような相手は今後一切できる予定もありません」

さらりと言ってのけたアルファの言葉に、ムディーアは瞳を緩慢に細めたが、何も言わず「さて、」と自分で振った話題を勝手に切り上げた。

「まずは我々の目的について話す。
おっと、関係ないなんて早計に口を挟むなよ、関係があるから振った話だ」
「言ってません」
「ならいい。
端的に言うなれば、お前の主人が存在する事による歪みの矯正…それが今回の俺たち巨人族の役割だ」
「…具体的には」
「今回二択だな。
お前たちの主人が“再度蘇った際に”捕獲して受け渡すか、“依代”を贄にして契約を打ち消すか」
「………」

アルファの背中にだらりと冷たい汗が流れた。
理屈はわからない、根本の解決も正しいか知れない。とは言え、ムディーアが狙っているのは誰かは分かる。

(この男と戦わねばならないのか…?)

そう考えて無意識に生唾を飲んだ。
明らかに、強さの次元が違う。本気で来られれば鍔迫り合いにすらならないだろう。

「そう怖い顔をするな。
あの娘を奪ってどうこうするなら、もっと早い段階でそうしている」
「…では、何故俺を呼んだのです」
「貴様はこの提案、“どちらも嫌だ”と言うだろうと思ってな。ん?違うか?」
「………」

知ったような口をきかれて、少しだけ眉を上げたアルファに向けて、彼は流暢に言葉を続ける。

「お前たちが次に向かうのはカンナギだ。
そうでなくては間に合わなくなるぞ、その事はお前だってわかっている筈だ」
「同化……」
「そうだ。
お前がしたことが全て無駄になる前に、事を熟さねばならない」

ムディーアが男に向ける瞳は、憐憫だった。
初めて洞穴から逃げそびれ、死の淵にあったあの時から、こうなることを知っていたのだろうか。

「何処まで、」

言いかけて、やめた。詮無きことだったからだ。
己にやれることは限られていて、任された以上は、それが使命で。

(最期までやってみせるさ)

口を閉ざした男が、静かに頭を下げるとムディーアは小さく息を吐くように笑った。
世の中は儘ならぬものだ。自分でさえそうなのだから、どれほどの者が同じように考えるのだろうか。
だからこそ、この作り物のパッチワークが、兎角己の生を恨んではいない事実が、酷くまぶしく思えた。
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