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アルファに言われるままにガンマは渡されたメモを頼りに買い物をし始める。買い足した食料は存分なので、大概嗜好品ばかりだ。ココロとおまけにデルタを連れたガンマの表情は変わらず明るい。

「ベータも来りゃよかったのになぁ」
「あいつ騒がしいとこ苦手だし、しょーがないんじゃないの」
「ケッコー変わってんよなあ。
あっ、ココロちゃん何か欲しいの決まった?」

ガンマの笑顔の問いに、沈んだままのココロがゆっくりと首を横に振った。明らかに、アルファに置いていかれた事や話を逸らされたことを気に病んでいるのだが、ガンマは「ゆっくり決めてこ!」と返すのみである。
彼のその言動は些か、デルタの目には異常に映ったが、彼が少々他者の感情の機微に疎いのは昔からの事。自分がやたらに血管が切れやすいのと、鈍いのならどちらがマシかは言うまでもない。
まあ気が付かないのならフォローするのはそれに気が付いた者である。

「ちょっと、大丈夫なワケ?」
「うん…」
「…いや、全然大丈夫じゃないじゃん」
「ううー…!」
「ゲェーッ!」

ココロの表情があからさまに歪んで、くしゃりと涙を我慢した子供の顔になる。
よく思い出せば、この娘が不安で泣くのは大概アルファと離れた時である。まあ、子供に好かれるたちではないにしても、ココロにとってはずっと変わらず好意的に接してくれていた相手には違いない。

(の、わりにはガンマに塩対応なのは…謎いけど)

自分のことに精一杯のデルタや、口の悪いベータと違い子供には温和で可愛がりもしていたガンマへの彼女の対応は今更ながら異様に映る。
普通、顔立ち的にもそれなりに整っていて、明るいガンマは人にも子供にも好かれる。

「……ちょお、ガンマ。お前その辺で待機」
「別にいいけど、あんまり引っ掻き回すなよな」
「なんだよそれは」
「そのまんまの意味」

ケロッとした顔で言い放つ男の視線は、きちんとココロに向いているのに、何故か少女に向かっていないようにも思えて、デルタはほんの少し前まで苛立って突っぱねていた娘を自分の背に庇うように押し込んだ。

「……じゃ、後でね!」
「う、うん」

変わらずにこやかな彼は、デルタの背筋に薄い霜を下ろしたような心地を覚えさせた。何か含みがあるからではない、逆だ。何の含みもないからこそ、今回の事は酷く厄介に思えた。
とりあえず距離を置いて買い物を再開し始めたガンマを見送り、小さく丸まったココロを抱え上げてデルタはそそくさと店から出た。


「ガンマの奴、あんなだったか?」
「うん、ガンマくんはずっと『ああ』だったよ」
「…前から?」
「うん」

彼はとても優しく、甘い顔をしてその声色でココロに語りかけた。それは別にそれそのものが偽物とか、裏表があるとか、そう言う話ではないのだ。
ベータにはベータの、デルタにはデルタの判断基準があって、ベータは『自分を見てくれて、裏切らない人』を何処かで思っていたし、デルタは『今は亡き主』を心の支えとしていた。
そういった精神的な支柱の話をするなら、おそらく、彼は。
ガンマは。

「…あのね、ガンマくんはね。
ずっとずーっと“アルファくん”のみかたなんだよ」

齢一桁の子供を気にかけるのは、二人は知らぬ事であるが彼を最初に手懐けたシスターの教育の賜物。そして、現在彼にとってのブリーダー代わりでもあるアルファが、そう望むからだ。
彼は心根の優しさは嘘っぱちなんかではないが、だからこそその幼子の心中を慮って尚、自分の仕事を全うする事ができる男だった。彼は昔から健やかな精神と、不健全な殺人とを高いレベルで共存させることのできた。
そうでなくては、ただの優しい男であれば×××様の元で何年も、廃人同然に成らず、精神の磨耗もなく生きていけるわけがない。
何故こんな簡単なことに、気がつかなかったのだろう。いつの間にか、デルタ自身もガンマと言う清涼剤の様な有り様に、癒されていたところもあったのかも知れない。

「ガンマくんはね、やさしいよ。
でも…ココロのことをたぶん、ちゃんと“きりすてられるひと”だから、いまはだめなの」

彼はアルファが、何をしようとしてるのかを見ている。
アルファが向く方向を、ガンマも見るだろう。風見鶏のように、右は左へ。今はきっと、その風を確かめている途中だ。

恐らく先の命令通りにココロを足止めできれば良くて、今こうして離れていても多分どこかで自分達を監視しているのだろう。番犬の如く。
デルタはそう考えると薄寒くなって軽く自分の腕をさすったが、予想を立てるより前にベータの首根っこを掴んだガンマがニコニコ笑顔で戻ってきたのを見て、今度こそ鳥肌を立てた。
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