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「おかえり」
「……ただいま」

水を差されたせいでか、未だに耳を赤くしたデルタの帰還に、アルファはただ静かに迎え入れた。
集合場所はナギサの浜から突っ切って来れるトバリの倉庫裏、嘗てはギンガ団が占拠していたこの廃墟は未だ手つかずで残っている。川の流れに沿って戻ってきたデルタに、ガンマは盗み聞きをしていた事に少しだけバツが悪そうにしていたが、思い切り内ももに蹴りを入れられればいつも通りだ。

「良かったな」
「べっつにィ!!」
「フ…」
「オイ何笑ってんだベータァ!!」
「別にィ〜?謝罪もまともに出来ねえと苦労するなァと思っただけだ」
「ギイイィィィ!!」
「再会早々喧嘩するな…」

ため息をついてベータとガンマの小競り合いを眺め、アルファはいつものようにレポートを開く。ココロがいる以上、ナギサの情報が浮かんでくるが、我々同様に主の旅も随分と進んでいるようだった。

<トバリは金と欲望が渦巻く町だ、居心地がとても良い。
ギンガ団は上の連中は兎も角、下っ端は非常に扱いやすく、美味い汁が大いに吸えそうだ。>

<育ったポッチャマ、基い哲水は、烈火に懐いている。元々、彼について来たようなものだ。気にくわない、と思うこと自体が可笑しい。意欲的に働くなら、どんな理由だって構わないはずだ。>

<苛立ちから一匹、ギンガ団からポケモンを奪った。シンオウでは珍しい、ジュプトルの子供だ。
助けられた理由が気まぐれとも知れず、懐いてくる青年に、なんとも辟易する。こう言った刷り込みの好意は、いつ反転するとも分からない。面倒は御免だ。>

<腹立たしく、まるで人間のような感情に振り回されるのももううんざりだ。
それももうすぐ終わる。あともう少し。バッジは残り二つ。>

(…この人にとって、自分に向けられる好意は昔から屑同然なんだな)

好意や善意に対して常人程度に敏感であれば、あんな最後は迎えなかっただろう。
思い返して痛む頭を軽く押さえて、頭を振る。このページはデルタには抜きんで見せられなさそうだ。
このジュプトルの子供の立ち位置は、殆どデルタと同じである。
一方的に好いている、という自覚はあれど、故人が自分に抱く悪感情と今さら向き合う必要などない。少なくとも、デルタはまだ若いのだから、本来ただの悪漢である主のこと等すっかり忘れてしまえば良いのだ。

(まあ、これも俺のエゴだな)
「ちょっとォ〜、次に行く場所主のレポートに書いてたの〜?」
「…ああ、少し待て。次のページもまだあるから」
「そもそも最終的に、あの人は何処に行くつもりだったんだか…」
「……さあな」

このレポートを読み始めた時からずっと感じていたその違和感は、あくまでも仮定と仮説でしか答えが出せない。死人に口なしとは言うが、正にそれだった。
決まりきった迷いのない育成、彼が生まれる前に出会っているだろうポケモン、間違いなく見据えられた旅の終わり。

(この人は、やはり、その生を短いスパンで繰り返しているのではないか…?)

精神を地続きに、新たな生を繰り返す。若い体を使い続けて、古くなったら捨てる。
効率を良しとする彼らしいと言えば、彼らしい。彼らしからぬ書き殴られた神についての記載も、本来あり得ない筈の現象を『もしや』と思わせる要因でもあった。
とは言え、その仮説を立てるにしてもそうなった要因は分からずじまいではあるのだが。

「…ん?」

次のページを開いた先に、ひらりと落ちたるは見覚えのない紙切れだ。
前に一度目を通したときはこんな物が挟まっていた記憶はないが、ミミズズがのたくったような字は見覚えは無いもののこれを預けた人間を記憶でたどれば自ずと見当はつく。

サフラである。
あの、鉱山に入る前に押し付けたあの時以外に他人にこれを渡した記憶はない。

(“ギンガ団第三倉庫裏まで来られたし”……俺にか?)

何の用があって。意味があって。
そうアルファが疑心に駆られたのも無理はないことだ。
今更奴らに悪心があると疑ってかかりはしないが、先のレジ達との争い(まあ、主にデルタの勘違いから始まったと見えるが)をココロから聞く限り、今までの事も彼らの掌の上だとされるのも困る。
とは言え、次に住むべき場所も、主人の足取りも、恐らく先に“着いてしまった”ナギサシティにて終焉を迎えることを知ってしまったアルファには、今回の事も渡りに船の可能性はある。勿論、それが泥舟でないとも限らないが。

「…ガンマ、買い出しを頼んでもいいか?」
「え?別にいいッスけど、つい最近買いに行きませんでしたっけ」
「ちょっと買い忘れがな。後でメモを渡しておく。
…そうだココロ、欲しいものがあれば一緒に行って買ってきていいぞ」
「えっ、でも…」
「よし!隊長からのお許しが出たし、行こっか!」

明らかに何か気を逸らそうとしているようなアルファの言動に、少女が言い淀むとガンマがヒョイとその小さな体を抱き上げる。
あんまりにも突然のことで驚いたココロだったが、彼の腕から離れ出た時には、もう去って行くアルファの姿を目で追うことすらできなかった。
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