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伸ばされた腕に驚いて視線をココロに落としたが最後、首にとびかかったウオチルドンにテンニーンがうお、と低い悲鳴を上げて浜辺に押し付けられる。
痛みに呻いた姿に、流石のフォラーズも二人の間に腕を押し込んで無理やり剥し、鋼の体をかみ砕けないウオチルドンの上顎をひっつかんで、そのまま開きにしようと力を込めた。

「デルタちゃんにひどいことしたらだめ!」
「ココロくん!?」
「デルタちゃんもだめ!やめて!」

ベシベシと小さな手のひらで必死にフォラーズの足を叩いて抗議する彼女に、一体誰がNOを突きつけられると言うのか。力を抜いて手を離すと、空中を泳いでいた尾びれを砂浜に落として、ゴロゴロと後退して人型に戻ったデルタが、顎の痛みに呻きながらも片膝をついて立ち上がる。

「クッソ…テメー鋼タイプかよ…!きっついなあ!」
「デルタちゃん!けんかしないで!」
「ハア!?喧嘩とかそういう話じゃないでしょ!
オイ誘拐犯!何のつもりで攫ったかなんて今更聞く気もないけど、さっさと死んでよね!」

自分の見せたくない姿をさらしてまで必死に泳いで、何とかココロを見つけられたのだ。さっさと帰って仲間と合流して休みたいのが本音。
相手がどんな相手であっても、所詮は女児誘拐犯。ろくでなしに決まっている。
デルタの眼光が鋭く相手をねめつけるのと、誘拐犯と称されたフォラーズの表情が陰るのはほぼ同時であった。

「だ、だから…だから嫌だったんだテンニーン!僕まで誘拐犯呼ばわりなんて!こんなの屈辱だッ!」
「も〜…対外的な事ととか一々気にすんなって、人間じゃねえんだからさぁ〜」
「いいかい!?人に溶け込んで生きる我々はむしろ表面的な部分を取り繕うことの方が、…フンッ!」

怒りに任せて叫ぶフォラーズとそれを適当な言葉で窘めるテンニーンの会話をまるで気にせず、デルタは足元に転がっているココロを回収しようと攻撃を繰り出す。
得意のエラガミは人型では発揮できず、精々元々の鱗の固さを写した手刀での攻撃だが、通常のポケモンであれば傷の一つはできるだろうそれは、フォラーズの鋼鉄の右腕であっけなく躱された。
殴りつけた方の腕がしびれに痛むが、此処まで来て尻尾を巻いて帰れるほどデルタも諦めが良い方ではない。

例え、相手が圧倒的に自分より格上であると、感覚的に理解できていたとしても、だ。

「クソッ!ココロを離せよロリコンども!」
「あ゛?一人で盛り上がってる上に俺に命令とか何様?」
「やめないかい!君、誤解があるようだから言っておくが、僕らは誘拐犯でもまして少女趣味でもない!」
「ああ?!テメーみたいな清廉潔白ですってツラした奴が一番アヤシーんだよ!汚ェ手で触ってんじゃねえ!!」

キレたデルタの吹っ掛けた言葉はあまりに乱暴で、相手の紳士的な言葉を度外視した発言であった。当人が焦っているのもあるし、周囲にそれを止めるブレーキ役であるアルファやガンマが居ないことも相まって、当然額面通りに受け取った言葉に元より苛立っていたフォラーズの堪忍袋もキレようものである。

「ああ、ああそうかい…僕の気遣いは全く無駄のようだねッ!
それなら!お望み通りにぶちのめして差し上げるよッ!」
「あらやだフォラーズくんマジギレ?」
「ここ迄言われてやらいでか!」
「あーね?」

案外喧嘩っ早いんだから、とテンニーンがボヤきながら構えると、ほぼ同時にフォラーズがデルタに向かってノーモーションで光線を撃ち放つ。
それがラスターカノンであることは理解できたが、頬を掠めたそれが避けた先で海を割り、空中に激しくその水面を打ち上げたところでデルタは生唾を飲む。
相手の実力とこちらの実力は、まるで拮抗していない。それどころか、人数も向こうの方が多くて、一応の人質もいる。

「っだあっ!?」

そうこうするうちに、第二波が来て、その轟音と共に浜辺の砂が巻き上がり、先までデルタがすっ転がっていた場所に遠慮なく大穴が開く。
元々足が速い種族でもない。もう一人、つまりテンニーンは一応構えているものの、攻撃を仕掛けているのはフォラーズのみ。つまり、一対一でありながらこうまで追い詰められている。
当たれば即死レベルの攻撃を雨のように繰り出す銀髪の男のは、汗一つすらかいていない。酷く屈辱的な戦闘とも言えない一方的な蹂躙である。

「謝罪一つで矛を収めるか、それとも惨たらしく死ぬか、好きに決めるといい」
「はあ?何その二択…笑わせんな、そんなの決まってんだろ。

テメエをぶん殴ってから、ココロを連れて帰るんだよッ!」
「ぐ、っ?!」

砂を巻き上げて視界を遮り、フォラーズが退いた所を上から蹴りで飛ばして、そうして突然の戦いに驚いて瞬きせず硬直するココロの襟首を引っ掴んだ。

「行くよ!」
「あっ、待っ」

て、と言い終わる前に二人は海の中に沈む。
追いかけようとしたフォラーズの肩を、連れてきた当人であるテンニーンが叩いて、妙に偉ぶって首を横に振った。

「集合まで待たないと、だろ?」
「………テンニーン、君は後でサフラに説教してもらうからね」
「なんでさ」

余計な火種を持ってきたのはお前だろ、と言う言葉を飲み込んで、作り笑顔でテンニーンの頬を軽くつねりながら、波間に消えた二人の影を見えもしないのに空かして睨んだ。
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