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ココロはそこそこの子供らしい夢見がちさは持ち合わせているが、例えば人間が空を飛んだりするとは思っていない。だから、現状を鑑みてこの男が人間では無くてポケモンで、アルファ達と同じく擬人化しているのだと察したのは、結構早かった。

「すごい!そらとんでる!」
「そ〜なの、俺ってすごォいの」

本気出すとロケットよりも速いから、と何やら子供を相手に誇らしげにする目の前の男にツッコミを入れる者はいない。何せ、キャッキャとはしゃぐ少女は勿論、雲より上の空には野生の鳥ポケモンくらいしか存在しないのである。

「どこいくの?」
「菓子折りが沢山売ってるとこ、種類があるから選ばないとね」
「たくさんしゅるいがあるんだね、かしおり!」
「まーね」

暢気に話し合う二人にはまさかココロの保護者気取りの化石達が探し回っている等思いもしない。少なくとも、テンニーンは彼らの事を知る由も無いのだから致し方ないともいえるし、幼い子供が一人でうろついていたら親が居ると考える脳が無い事に対して文句を言えばいいやら、何にせよ二人の出会いは偶然では片づけられない化学反応でもってしてヨスガからは遠い遠い港町のナギサシティにまで数時間足らずで到着してしまったのであった。
上空と言う判定ぼかしがあったが故の主のレポートも、彼女がナギサに到着したと同時に短い休暇から復帰し、その文字を浮かび上がらせたので気が付いたアルファを含めた四人も慌てていく予定のないナギサシティまで文字通り走る羽目になるが、勿論そんなことは二人は知る由もない。

立ち並ぶ市場の喧騒を気にもせず、少女を腕に乗せてテンニーンはのんびりと歩く。
人ごみにあっても頭一つ分は抜き出た彼の姿は、整った顔立ちもあって人目を引くことだろう。それでも、小さな子供を連れて互いに会話をして微笑んでいる姿を見れば誰も彼を人さらいとは思うまい。勿論、当人たちも人攫いと人攫われとは思っていないが。

「そーいや、菓子折り上げたい相手って何が好きなの?」
「すきなの…デルタちゃんがすきなの……たぶん、かわいいの?」
「可愛いのォ〜?ナニソレ、抽象的過ぎー」

ケラケラ笑うテンニーンに対して、ココロの表情は少しだけ暗くなる。
言われてみれば、彼の好き嫌いなんて何も知らないのである。これは対デルタに関して以外もそうだ、他の誰の好きな物も知りやしない。自分の無知を自覚すると、彼らの事が好きなの自分が酷く一方的に思えた。

「むずかしいよ、すきなの…おはなししてくれないもん…」
「ふーん、そんな仲良くないんだ」
「……そうかも」

率直な意見である。それでもそう言われると、幼い少女の心は静かに軋む。
初めて外に出てできた、友人とも言えないが、ただの知り合いとも言えない四人の男たち。ココロにとっては自分の存在の根幹である男を知る者たちであり、自分と言う存在への正しい答えをくれるかもしれないと内心で期待すらしている者たち。
でもそれが勝手な期待だと言われれば、ココロは俯くしかない。少女のそのあからさまな落ち込んだ態度にテンニーンは軽く頭を掻いた。言い方を間違えた自覚はあった。

「いや、だからさァ。
俺が言いたいのは、仲良くなるために必要な物は菓子折りじゃないんじゃな〜い、ってこと?」
「? なかよくなるのにひつようなもの?」
「菓子折りはごめんなさいってことでしょ?でも、それって他人行儀な相手とか、お仕事の相手とか、そういうのじゃない?
ココロちゃんの謝りたい相手って、そういう相手?」
「ううん、ちがうよ」
「じゃあやっぱり、もっと心の籠ったものがいいんじゃないの」

相手が断ったら悪人になりそうなくらいの、と言いかけてテンニーンは口を閉じた。
彼女をそういう風に気負わせるのは、良くないことだなと思ったのだ。自分だけが分かっていればいい。
話を聞くに、幼い子供同士の喧嘩ではないのは確かである。じゃあテンニーンが即座に思うのは、『折れるのは大人だろう相手』という結論だ。理由もくそも関係ない、たとえ彼女が相手の親を間違えて殺した、と言われたとしても、彼が味方したいと思った方が正義である。

「お揃いのものとかどーお?手作りのストラップとか超重くていいんじゃない?」
「おもいといいの?」
「めちゃ良いよ〜」

そうなんだ、と頷くココロをニコニコしながら眺めて、店員とミサンガの作り方について話し始めた少女の後頭部を見て考える。なんというか、既視感がある。テンニーンは全然人間の顔とか忘れるタイプだが、もしかすると知り合いかもしれないなと思った。思っただけだが。
そうこうすると、遠くから足早に何かが迫ってきている。テンニーンはその何かが誰なのかは分かっていたので、全然気にしていなかった。少女が決めているミサンガの色の方が百倍気になっていた。

「テンニーン!おういテンニーン!何してるんだッ!」
「ンあ?」
「鋼鉄島に迎えに来ると言うから待っていたのに、いつまでたっても来ないのだから!僕はわざわざ船を捕まえてだ………」

ね、と。いつものように説教を始めた銀髪の青年は、小さな少女を抱えた同僚を見てひっくり返りそうになりながら、必死に大地を踏みしめて、小さな声で「ゆ、誘拐…」と呟いた。
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