02

気丈にも涙一つ流さず、少女はれっちゃん、と呼んでいた男と別れて船に乗ると小さく頭すら下げた。
心細いだろうに、とアルファが気づかわしげに視線を送るが、後方に居るデルタの表情がどんどん怒りに染まっていくのを見てそちらの対処をすべきだろうと立ち上がる。少女の面倒は一時ベータとガンマに視線を送ると、一方は仕方なく、もう一方は任せろとばかりに胸を叩いて少女に視線を合わせた。

「えっと、ココロちゃんって言ってたよね?
さっきのれっちゃんさん?とはどういう関係?」
「れっちゃんは、れっちゃんだよ」
「んん〜?」

ガンマが彼女の返事に笑顔のまま首を傾げると、ベータが「父親じゃねえのか」と口を挟む。随分無骨な言い草にガンマが顔をしかめるが、ココロは気にすることなく頷く。
父親ではない、と言う肯定にベータは自分の顎を撫でて次の質問を口にした。

「お前幾つだ?」
「いくつ?」
「年齢、歳だよ。小さいから見たところ二歳…いや三歳ってとこか?
いつ頃からあの男と暮らしてた?アイツ人間じゃねえだろ、ポケモンか?何ポケモンだ?」
「オイオイオイ!いきなり色々聞くなよ、尋問じゃねえんだぞ!」

大の男が小さな女の子相手ににこりともせずに、立て板に水と喋り続ければ悪意が無かろうが恐ろしいに違いない。ただでさえ、人の良さそうな見目でもないのに、と様子を伺うと少女は驚いた様子ではあったが、泣きも恐れもせず船の座椅子に腰かけていた。
そうして、えっと、と小さく呟いてから口を開く。

「ねんれい、はわかんない。れっちゃんとは、わたしがわたしだっておもったときには、いっしょにいた。
えっと、れっちゃんはね、リザードンだよ。そう言ってた。ほのおの『りゅう』なんだって」

みたことないけど、と続けて膝の上にちょこんとのせた拳を開いて、怪獣の爪の形を作って見せる。がおー、ってれっちゃん怒るとするの、と。

「リザードンか、それなら戦いになっても問題ねえな」
「そういう話じゃねーって!それよりも、主さんとの関係の方が大事だろ?
えっと、ココロちゃんパパとママはいるかな?お名前とか言えると、すっごくお兄さんたち助かるんだけど」
「クッ…お、おにいさんって…」
「うるせえ!」

小ばかにしたようにベータが笑いをこらえてそう引きつった声を上げると、思わずとばかりにガンマも怒鳴り声をあげてしまう。流石に殺気交じりの声にデルタの怒りを鎮めているアルファすら振り向いたが、少女はキョトンとした様子で二人のじゃれ合いに微笑んでいる。
普通のお子様なら間違いなく泣き始めているだろう。

「…肝の据わったお嬢さんだ」
「よ、よかった…泣かれなくて…」

二人がほっと胸を撫でおろしすと、少女は質問の答えに「いないよ」と返して次の質問を待つように足をぱたつかせながら二人の大男を見上げている。
とても華奢とは言えない2m近い屈強な男を前にしてこの態度は、むしろ子供の無邪気さ故だろうか。
それにしてもパパとママが居ない、と言う答えはあまり予想していなかったので、二人の想像はある種俗物的なものに変わっていく。例えば主の痴情の縺れとかでできた隠し子だったんじゃないかとか、そういった方向にだ。

大の男が二人して考え事をし始めた頃、デルタの苛立ちを収めるために少し離れたアルファ達が戻ってくる。満身創痍といった様子で表情線が更に彼の疲れた様子を助長させている。

「隊長大丈夫か〜?」
「いや、ああ…大丈夫だ。彼女と少し話せたか?」
「ええ、寧ろ全然怯えた様子もなけりゃ、生意気な口も利かねえし。
なんなら普通のガキより話しやすいですよ」

推定ですが、流石あの人の隠し子ってとこですか。
ベータがそう続けた瞬間にデルタの落ち着いていた精神に再び火をつけた。

「あの人が!!人間の女なんかに現を抜かすはずない!!!」
「はッ!お前があの男の何を知ってるってんだ。
俺たちはずっとあの男の尻ぬぐいと小銭稼ぎと尻尾切りの始末で会話すらままならねえんだぞ、女遊びの一つ二つしてるって言われて、それを否定する材料すら持ってねえってんだ」
「うるさいうるさいうるさい!!」

アルファは勘弁してくれ、と額を押さえる。二人の会話に火が付くと、暫く落ち着かないのは分かっているが、少女の前でののしり合いが始まるとは思わなかった。
大人としてのプライドとか、思いやりとか、そういうのを彼らに求めるのはお門違いだろうとは思いつつも、ため息を漏らす。
それを見て、掴み合いが始まった二人の間に入ることもなく、ガンマはデルタの側頭部を思い切り殴りつけた。遠慮のない一撃だった。

興奮していることもあってか、突然の不意打ちに呻き声一つ上げずに甲板の上に倒れると、流石のベータも半笑いが漏れた。一番やばいのはやっぱりこの男だろ、と内心の悪態が漏れそうで唇を噛む。

「よし、これで静かになったな!」
「…流石だな、ガンマ」
「へへ!」

褒められた、と照れたように頭をかくガンマに、アルファも引きつった笑みで返すしかない。絶句したココロの様子を横目で見て、まあ流石にこれは引くよな、と言う気持ちで申し訳なさと、主が残した命令の『忘れ物と共に』と言う言葉にしこりを持ちつつ、その帽子のツバを引き下げた。
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