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少女が消えた。
これで三度目になる。

一度目はあの炭鉱で、二度目は雪山、そして最後はここヨスガで。
雨音に紛れて消えた少女の影は、踏むこともできず一瞬で居なくなった。目星をつけて追うことも出来ない。

「隊長!」
「ガンマ!どうだ、居たか?」
「ううん、町中虱潰しに探したけど…。主のレポートの方は?」
「…滲んで読めない、今まで読めていたところさえ」

翡翠の玉の欠片が三つに分けられて、残りが一つとなったことを喜ぶ暇もなかった。そもそも、そのことを喜ぶべきなのかすらアルファには分からなかったのだ。
少なくとも、少女が消えたという事実を帳消しにできるような素晴らしいものであるとは、アルファにはとても考えられなかった。

「ど、どうしよ…どうしたら、アルファ…」
「デルタ、落ち着け。前にも似たようなことがあったはずだ。
…大丈夫、少し探せば見つかるさ」

自分に言い聞かせるようなそれに、誰もが口をつぐんだ。
そうであって欲しいという気持ちと、隊長でさえ楽観的な言葉を言うことしかできない事実が、どこかに行ってしまった少女を探す術など持たないという現実をいやと言うほど突きつけてきていた。



少し遡って、ココロは雨音に気を取られていた腑抜けた四人の言葉を聞いて、そうっと部屋を出た。
正確には、一人の男の言葉を聞いて、である。

(なかなおりには、かしおり!)

少女は大人びていたが、大人ではない。
この世界には多くの悪意が渦巻いているなどと考えてもいないし、そもそものこと菓子折りがなんなのか見当もついていなかった。
無い無い尽くしの雨の中、金に輝く乙女が一人。決して治安が良いとは言えない路地裏で、傘も持たずに彷徨く子供とくれば、人攫いは見逃さない。
小さな頭がきょろきょろと狭い視野を振り回す様を、餓鬼め、阿呆めと内心小馬鹿にして、様子を伺う小悪党はこの金の娘を売り払う店への文句を頭の中で考えていた。

「なにしてんの?」
「ヒ…!」

だからこそ、男は背後にうっそり佇んでいた美男子には気が付かなかったし、彼が人でないということまで気は回らなかった。

「それ、なににつかうの?」
「え、あ、これは…ハハハ…」

から笑いする男から視線を逸らさず、青年はぼうっとした瞳を向けていた。構えもしなかった。だから男は油断した。
間抜けな男だと、裏路地慣れしていないパンピーだと信じた。

「へ、へへ…アンタ、運が悪いな…」

ぐっさりと首筋に刺さったバタフライナイフは頸動脈を切り裂きじっとりと赤い鮮血があふれ出す。しかして、刺されたはずの男の目は相変わらずの生気のない瞳でありながら、冷たい呆れのような物を含んでいた。
一瞬、男が死んだと思ったはずの美丈夫は銀のナイフを飾り羽の様に首に突き刺したまま、足払いをした。華麗な一蹴、滑った男は咄嗟に手を突こうとしたが追い打ちで頭を踏み抜かれて絶命した。あっという間であった。

「アハ、運が悪かったねェ」

抜き取ったナイフを男の死体の前に放り投げて、青年は少女の方へと視線を向ける。すっかりふさがった傷口を撫でながら、足取りはただ軽く。

「なにしてんの」

理由はたった一つ、金色でピカピカしていて、随分綺麗なものが『落ちているな』と思ったから。
少女は青年が膝を折ってこちらに声をかけて来たのを、少しだけ不思議そうに首を傾げていたが、彼がにっこり微笑んで見せるとその警戒を一瞬にして解いた。箱入り娘だからこその、素直さである。

「けんかしたの。なかなおりしたくって、かしおりをさがしてるの。あなたは?」
「俺?俺はねえ…なんだっけなあ、忘れちゃったなあ」
「わすれちゃったの?」
「たぶんスッゲーどーでもいいことだった気がする〜」

少し長い赤紫色の毛を指先でいじりながら、青年は子供の様にそう呟く。
背丈は今まで出会った誰より大きいが、喋り方やそのふにゃふにゃとした表情は幼子にも近しい。ココロは出会ったばかりの目の前の巨漢の男に対する恐怖心をすっかり失っていた。
何せ、敵意が全くないので。ただ、彼女は知らないが敵意が無くとも暴力性を持つ者は確かに存在しているし、目の前の男は正しくそれである。

「気乗りしないことってさ、忘れやすくなるって思わない?」
「…ココロにはそれ、わかんないかも」
「ふーん」

答えには全く興味のなさそうな返事をして、青年は暫く顎に手を置いて視線を空にやった。指先をピアノでも弾くようなリズムでバラバラに動かして、トントン、と唇の端を何度か叩くと、ぱっと表情を変えた。

「決めたァ」
「?」
「菓子折り探してんでしょ、手伝ったげる」

暇だから、と告げる男の笑顔は屈託は無い…が、だからこそ普通は怪しむ。理由を探すだろう。騙そうとしているのではないかと、そう考えるだろう。
しかしココロは一人で出て来た手前不安は口にしなかったが、菓子折りが何かは全く想像つかなかったのだ。菓子がそもそもお菓子と結びつかなかったし、何なら言葉の意味をカシ・オリで区切るとも思っていなかった。カシオ・リかもしれないし、カ・シオリかもしれないし。言葉とは難しいものである。
だから無害そうな男にそう提案されたことは、ココロには渡りに船のようなものだった。

「ほんとう?」
「うん、俺嘘つかないよ」
「ありがとう、わたしココロ!」
「ココロちゃんね。俺ねえ、テンニーン」

好きに呼んでいいよ、ブルーアイズ仲間のおちびちゃん。
青年はそう言って、小さな少女を腕に抱えて額をくっつけ、小奇麗な顔で微笑んだ。年若い娘なら思わずポーっとしそうなその笑みは、ココロにはただの仲良しのお友達になった証の様にしか映らなかったが。
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