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仲違いをした、と言うほどデルタとココロは対等にはぶつかり合っていない。
デルタの癇癪にたまたまココロが当たってしまった、つまるところ事故に近いのだが、その事故に合わせて不機嫌になる男も居る。

「…ガンマ、お前までヘソを曲げるんじゃない」
「だってよお隊長!」

アイツ、とガンマが指をさす先に居るデルタの背中は、前よりも随分と小さい。
悪いことをしたとは考えているが、未だに自分の中で整理がついていないのは確かなのだろう。謝罪を口にしようとして、ココロに近づいては離れるを繰り返し、今はもう行き場がない怒りや焦りを眠ることで抑えている。
ガンマは長い付き合い故にデルタの申し訳ないという気持ち自体は伝わりはするものの、では“何故謝罪しないのか”という所が気になって仕方ないらしい。

「何したって喧嘩したならまず謝罪だろ?
それから、許してもらえるかわかんねーけど菓子折り持ってったり、土下座したり…」
「したことあるのか?」
「俺は今んとこないけど…」

テレビドラマとかではそんな感じ、と付け足されてアルファはなんとも言えずに苦笑いする。
菓子折り云々は兎も角としても、ガンマなりにデルタの心配をしているのは確かだろう。あの一件以来、ギスギス…とまではいかずとも、ギクシャクしているのは違いない。

「こういうのって、とりあえず謝っちゃえば済むんじゃない?いや、まあわかんないけどさあ」
「そりゃお前みたいに短絡的なヤツばかりなら、世界は平和になるだろうよ」
「んだコラァ!」
「お、やるか?」
「こんなことで一々喧嘩するな…」

取っ組み合いにならずに口だけで終わらせるあたり、お互いにお遊びだとわかっている。とは言え、ヒートアップすると遊びついでに物理的に戯れ始めるので、早々に釘を刺しておく。

「それにしても、ベータは少し明るくなったな」
「ヘッ、どうせココロちゃんと仲良くできるか不安だったんだろ?」
「ハハ、ガンマくんの脳みそは毎日お花畑で大変結構なこって」
「ギイーッ!!」
「やめろやめろ」

襟首を引っ掴んでガンマを引き留めながら、あくまでもベータの答えを待つ。
彼も、最初こそはぐらかすつもりで悪態ついたようだが、アルファの視線の色が変わらないのを見ると、仕方なしとため息をついてから口を開く。

「別に。たまたま胸の支えが取れた、そんだけですよ」
「彼女と話してか?」
「…そうと言えばそうだし、違うと言えば違う」

何か具体的に相談をしたり、過去のことを話したわけではない。彼女は何も知らない、いや自分の過去の事など、知る必要がない。
だから、本当に。こっちが勝手に悩んだり、或いは同一視してみたり、怖がったりしていたのを、彼女は何となしに“NO”を突きつけて現実に引き戻したのだ。

「ココロは、あの子は、普通の子だ。
やさしい、聞き分けが良すぎるだけの、普通の子供なんだ。
…わかるだろ、アンタにも」
「………」

何もするな、巻き込むな、主人のことを忘れろ。
ベータの一言には間違いなくその意図があった。隠すつもりもない、確かな少女への庇護。
これを感じ取ったからこそ、デルタの機嫌が悪くなったのだろう。

互いに、ベータもデルタも主人に忠実な男ではあったが、根本のところが違う。
デルタは主人から賜った恩赦から無限に愛を産み続けている。そう、主人という存在を一番として考えて生きている。それは変わらず、今もだ。
だがベータは違う。彼はあくまでも“自分の心を預けられる相手”が主人しかいなかったから、従っていただけである。
恩義もあるし、嫌いではないにしても、死んだ相手にずっと操立てる程忠義者ではない。

(そりゃあ、不安にもなるか)

ガンマは己を捕まえた事実のある者や、契約に基づいている。見た目よりもずっと、恩義や愛には囚われないタチだ。敵対した場合に恩赦による融通は利かない。
逆説的に、約束を守るという一点において、彼ほど信頼に足る男は居ないわけだが、精神的には主人を一においては居ない。
そしてアルファ自身も、少し特殊な立ち位置になる。デルタと同じ心持ちで…つまり、主を心底愛してやまない忠誠心の塊ような同業は確かに居ないのである。
一番近しい立場のベータがくるりと手のひらを返したように思えたことは、彼にとって大きなストレスになった事だろう。

(いかんせん、どうにもデルタの肩を持ってしまうな…)

彼が“ああ”なった一端には、少なからず自らの業が絡んでいる。一言で言えば、後悔。いまだにもっと良い道があったろうにと思うのだ。
否、アルファの人生はいつも『もしも』の後悔に苛まれているが。

「隊長?」
「…いや、すまん。ぼうっとしていた」
「アンタまで呆けんでくれよ、俺の負担が増える」
「ああ、気をつける」

この事について、誰が間違っているとも、正しいとも言えない。
亡き主人を悼むことも、忘れて前に進むことも、どちらとも言えず燻っても。苦しみがあるとするなら、それは時間がいずれ解決する事象でしかない。

(“何も変わらない”なんてこと、やっぱり無いんじゃないか)

嫌になる長雨に停滞する足取りと、締め切られた窓に行き場なく淀んだ空気。
どことなく感じる息苦しさに気を取られて、扉が閉まった音に気がつくのに誰もが遅れた。
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