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※ぼかしていますがグロ、エロ描写がございます。ご注意ください。




デルタは瞼を閉じるたびに、この悪夢に魘されるのだろうと思う。
一言で言うなら、そこは地獄だった。底なしの沼の中で、足をとられ、少しずつ心をむしばまれていく。
肉体が死ぬか、精神が死ぬか、どちらが先に逝くのが幸せか。そんなことをずっと考えて居た。あの時は死ぬことだけを只管、考え続けていたように、思う。


「お前は捨てられたんだよ。
捨てたゴミ拾って何しようが、俺らの勝手と言う事」

だあれもお前らの生き死になんて気にしやしない。
言われて全くその通りなので、誰も彼もが冷たい床の上で転がるだけだった。死体との違いは呼吸をしているか、していないかの差だけだ。

ポケモンはいらなくなると、捨てられる。
デルタはデルタになるより前に、何物にもならずに捨てられた。卵で生まれるでもない、生まれ出でて直ぐに成体に近い剛健な肉体はちょっとやそっとでは傷つかず、死ぬこともなかった。
捨てる神あれば、拾う神ありというが、此方の気持ちなど考えもしない神様に拾われるとどうなるか。

「う゛ぎ…い゛ぃ…!」
「ハハハ!見てくださいこのナイフ、これだけ刺さっても心臓には届きませんぞ!ほれ、ほれ!」
「おおなんという固さか。いやはや、やはりバケモンですなあポケモンってのは」

人型になった生き物を傷つける趣味がある変態はいる。合法的に人を殺す方法はないが、合法的にポケモンを殺す方法は案外あったりする。
擬人化するポケモンは、見た目は人と変わりなく、その剛健さだけが人外染みている。それでも普通ならば死ぬ行為に、痛みに耐えながらも生きていけるのはデルタが、強靭な肉体を持つ特別なポケモンだからに他ならない。
心臓にナイフを突き刺され、その上から足でゆっくり力を籠められる。痛み、苦しみ、惨めさ。金さえ払えばお遊びで生き物の生死をおもちゃに出来る。
彼の売られた場所は、そんな金持ちの道楽人が最後に行きつくような悪趣味極まりない店の一件であった。

「君なんか、とっても強いのに、どうしてこんなところにいるの?」
「一人で生きていけるよ、僕らとは違うよ」

同じく売られたポケモンたちは、か弱いポケモンが多く、デルタは上澄みも上澄みだった。見目は兎も角、強さだけを見込まれれば手持ちにしようと言うトレーナーはいるのかもしれない。野生で生きていくのには、この力があれば困らない。
ただ、此処から逃れようとすれば、何が起きるか。それが理解できないほど、頭が弱いわけではない。

強いと言っても、あくまで自力の強さであって、それは彼自身の持つ種族の強さでしかない。本当に他者を負かすために育てられたポケモンは、主の為に殺す気でかかってくるだろう。

(じゃあそれを振り払えるほどの気力と力が、今の僕にあるかって?
…あるわけねーだろ)

運良く逃げ切って、傷だらけの体を引きずって生きる理由って、何処にあるんだ?肥溜めみたいな場所でも生きていくだけなら、ただ息を吸うだけなら、何処でも変わらない。
無気力、ただ無気力だった。未来への希望が無いからか、或いは捨てられたという過去が彼をそうさせるのか、名前のない青年にはこの世の地獄しか知らないから、希望が見えないから、だから外の世界を望むこともなかった。
知らないことこそが本当の幸福だと信じていた。

殺人紛いの拘束、暴力紛いの絞首、悪戯のつもりでつけられた深い傷。刺さるナイフ、傷口を抉る欲望、惨めな自分。何処にも行けない。鱗が逆立つ。
いったい何年、死体でいたのか。きっと、背中に押し付けられた煙草の跡を数えるのも億劫になるくらいの時間。


「君が生き残りかあ」

突然、死体は息を吹き返した。
美しい人だった、血の中にあって星の輝きを放つ人だった。
彼は慈善事業でここにきたのではない、ただ自分の商売の邪魔になるからこの店を潰すのだと。そして、本来死んでいるはずの化石の生き残りがいると聞いたからこそ、ここに足を運んだのだと。

「まったく、捨てただなんて失敬な奴らだな。
しっかり処分が済んでいないなら、君も俺のものなのは違いないのにな」

愚かな輩、大間抜け。
生まれてすぐにお前達に埋め込まれたIDは、息さえしていれば居場所もわかる。逃げようが隠れようが、無駄な事。
聞く人が聞けば絶望すら感じるその言葉は、デルタには希望だった。

生きているか、死んでいるか、わかりゃしない人生。
痛みと屈辱だけの甲斐のない生命。消えるはずだったものを、拾い上げてくれた人。

僕を、

「見つけてくれた…」

夢から覚める時、いつもデルタは彼の手を取って幸福に終わる。
どれだけ悪夢に苛まれようとも、最後に現れるのはいつも愛する人だ。救済される度に、刷り込みのように愛は深くなる。
マッチポンプだ、洗脳だ、もちろんその通りだ。だが、外野からはなんとでも言える事、事実として何者でもないデルタを確かに救ったのは記憶の中にある主人だ。

(昨日の僕より、今日の僕は貴方をさらに強く愛している)

まるで呪いのような恋心、信仰に近い忠誠、そして正論では救われない命。
生きる喜びを与えられ、静かに鼓動を高める胸を押さえる。眠るという行為は、デルタにとってこの美しい思い出を見るための時間でしかない。

「…現実はかくも、虚しい」

主のいない日々は、再度暗闇に落とされたかのような失望に染まっている。
無意識に吐くため息は、誰に拾われることもなく朝の冷たい空気に溶けた。雨はまだやまない。
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