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気絶した男を抱えた帰り道、俯きがちな少女にアルファがしてやれることなどほとんど無い。こう言った場面ですっと気の利いたことの出来る色男なら、どんなに良かったかと思う。
子供といえど相手は女性、気を逸らすばかりの取ってつけた様なフォローでは気を悪くするだけだろう。

「…ココロ、少し行きたいところがあるんだが、一緒に来てもらえるか?」

とは言え、失敗を恐れて及び腰になり、彼女の胸のつっかえをそのままにしておくのが得策とは思えないのもまた事実。アルファは気絶したデルタを背負ったまま、すっかり喋らなくなってしまったココロにそう問うと、彼女が流される様に頷いたのを見てから少女の手を優しく引いた。


ここヨスガには異文化との交流があったことを明確に示す建物がある。美しいステンドグラスに夕焼けに赤く染まり始めた白磁の壁、時が止まっているかと思う静寂と、この空間だけ切り取られたかの様な静謐が、教会内に満ち満ちている。

「きれー…」
「…少し休むか」
「………ん」

本来遊び盛りの子供であればつまらないだろうかとも思ったが、感受性豊かなココロには雨雲の隙間から差し込む夕日に反射する煌びやかなステンドグラスは大層美しく見えたらしい。伝説を模った色とりどりの色ガラスに、少女は悲しみと少しの苛立ちを落ち着かせようと息を吐いた。

「ココロは、どうしたらよかったかな」
「………」
「しっぱいしちゃった」

えへへ、と少女は泣き笑いのように無理矢理に口角を上げて、アルファに問う。明確に強く、あんなにも激しく拒絶されたのは生まれて初めてだろう。そうでなくとも、自分より大きな男の怒声は幼い彼女にはあまりにも酷だ。

「…座ろう」
「あ…うん」

とん、と隣を軽く叩くと、少女は椅子によじ登ってアルファの隣に腰掛けた。気絶したデルタを後ろの席に追い遣って、ココロの右隣に腰掛けたアルファは暫くの間無言のままでいたが、ココロが自分のつまらない不安で彼の心を不機嫌にさせたかもしれないと、撤回を口にしようとした瞬間、アルファはゆっくりと視線をココロに向けた。

「ココロはこの旅を終えたらどうしたい」
「え、…と」

その突飛な問いに、少女は閉口する。
突然の訪問から、突然の旅。この旅の終わりは近いだろうか、それともまだ遠いだろうか。何にせよ、始まりが突然であるなら、終わりも突然なのだろう。
ココロがいつも寂しくなったり、苦しくなった時に考えるのは、他の誰でもない育ての親だ。

「れっちゃんのとこに、かえりたい…これ、へん?」
「いや。親元に帰りたいのは、当然だ」
「うん…」

質問の意図が分からず、ココロは頷いた。思ったことを言って、肯定された事実だけが残った。
静かな教会内には時間帯も相まってか、船を漕ぐ青年と、熱心に祈る老婆しかいない。

「デルタの気持ちはデルタのものだ。お前が抱えるものではない。
そして、この旅の終わりは恐らく近いだろう」

アルファのその言葉に、ようやっと言いたいことが理解できた。
つまり、アルファは恐らくこう言いたい。
『デルタがやった事はお前には直接関係がないが、止める術などはない。故に、元から全てが終われば離れる関係なのだから、気にする事はない』と。
だが、それはココロにとっては看過し難かった。デルタはココロが主ならとは思わない、主に近い生き物のようであるのに、やはり違うと言う、そのズレに腹が立っている。そして、主ではない主に似た生き物が、主の座る位置にいるのが気に食わない。
それを、他人事とは思えない理由が確かにココロにはあった。
この事は、本来口にするのを憚られる事だ。いったら、拒絶されるかもしれない。その考えを振り払うように、震える手を握りしめながら、無理に明るく声を出した。引き攣った喉を無理やり開いた声は、思いの外高かった。

「アルファくんには、こっそりおしえてあげるね。
ココロはね、アルファくんのごしゅじんさまの、スペアなの。
そのためにね、つくられたのよ」
「…何故、それを俺に」
「うふふ、わかんない。なんとなく」

誰でも良かったのかも。きっと、ジボージキなんだわ。
そんな軽やかな言葉の端々から、少女の持つ悲しみが不思議と感じ取れた。顔は笑っていたが、涙を流すより痛々しく、大人ぶっているのが嫌に寂しい。
アルファはその痛々しさに目元を歪める。これを聴きたかったからこそ、自らここに誘導したにも関わらず。

「ココロ、あるじさんのかわりにならなくちゃなのに、デキソコナイなの。れっちゃんもおんなじ。
だから、あんなとこにいたの」
「…スペア、というのは、つまりレプリカか?」
「なんだっけ、イデンシソーサ?さいぼーのなんとか、とか」
「なるほど、俺たち化石復元はその足掛かりというわけか」

化石ポケモンとは、復活した姿が過去の姿と全く同じとは限らない、と言われている。それは明確に過去の世界に遡って彼らの姿を見たことがあるものがいないという事、それと同時に復元の仕方にも問題があったからだ。
アルファ達の肉体の合成からの遺伝子強化や、細胞分裂からのコピー実験など、思い当たる節は思い返すまでもなく多すぎた。
いつぞやに出会ったレジエレキの自称天才の言葉を疑っていた訳では無いが、直接当人から言われると嫌に息苦しい。

(俺たち実験体の結果の帰結が、この娘か)

あまりにも、惨い。
そして、少女が自分と主を同一視されることを嫌がりながらも、意識せざるを得ない理由も、嫌というほど理解できた。

「ぜんぶおわったら、ココロはなにになるのかな」

少女の言葉は、冬の空の空気のように澄んでいて、冷たかった。
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