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大きく発展した町とくれば大概、店も発展している。
例に漏れずここヨスガも、店構えはコトブキに勝るとも劣らない。缶詰一つとっても質が違うため、比較的食に煩い節のあるデルタも文句は言うまい。
一つ問題があるとするなら、そのデルタの機嫌がいまだに精神の最下層で燻っているくらいだ。

「お前、そろそろ機嫌を直したらどうだ」
「は?なに?ご機嫌なんですけど?喧嘩売ってる?」
「そうやって人に当たるのはやめろ、子供の前だぞ」

購入した幾つかの保存食をカバンに入れながら、そうアルファが呆れ気味に返せば、デルタはむっと唇を尖らせて鼻を鳴らす。甘ったれた駄々は今に始まった事ではないが、すっかり気を遣って恐縮し始めているココロが哀れだった。
しかし、デルタにはそれが裏切り行為にも思えたし、ベータ達同様に少女の肩を持つアルファの存在はリーダーという肩書きも相まってデルタのすんでのところで張り詰めていた怒りの糸を切るには十分だった。

「ああ…そう、アルファくんまで…そうなんだ…
みんなして、この、主に顔が似てるだけのガキに傾倒するんだ。何がそんなに良いワケ?主のことなんて、代わりが居れば、そんなにどうでも良くなっちゃうの…?」
「デルタ…」
「そうでしょ、ねえ。僕はお前達と違う、僕の主は主様だけ、ずっとあの人だけ。
なのになんで、何で同じはずのお前らが、すっかり鞍替えしてるの?死んだ人なら、お前らには価値なんてないワケ?」
「デルタ、デルタ…落ち着け。
そんなつもりで言ったんじゃない、彼女は彼女、主は主だ。どちらも大切に思う気持ちはあっても、それは別途のものだろう」

主に対する忠誠心と、この小さな少女に対する庇護欲が同じなわけが無い。しかし、親しい人と顔の造形が似ていると言うのは、些か感情の整理に窮する事もある。今回のことは、主がいなくなって不安定さが目につくデルタが、心にずっと抱えてきた爆弾ではあった。

「デルタちゃん、あの…」

少女の歩み寄りは、子供ながらに距離をとった、少しばかり引け腰なものだったが、悪手ではない筈だった。
だった、と言う言葉を使う以上、結末は最悪の一言なのだが。

ココロは一言、小さく謝罪を口にしようとして、デルタの此方を見下ろす視線のあまりの薄暗さに足が固まった。何故、ベータの時とは違うのか、答えは簡単だ。その目の色は憎しみと怒りに濁っていたから。
ベータの、己が傷つくからこその怯えと寂しさの拒絶による殺意ではない、明確な憎悪。それは、アルファの後ろに隠れた少女に向かって、真っ直ぐに投げつけられた。

「お前さえ、お前さえいなけりゃ…!」

この子供一人いなくて、何が変わると言うのか。冷静なら彼自身も己の言葉にそう否定の言葉を投げたろう。
ただ、己の敬愛する主人が戻ってくる場所を奪おうとしている……様に見える子供に対して頭に血が上っている今、そんな判断できるはずもない。虚な目でボソボソと呪詛を吐きながら、小さな子供の頭に手を伸ばそうとした。

瞬間、デルタはその腕を掴み上げられ背中につけられると、うつ伏せに引き倒された。完全制圧まで数秒、あまりに一瞬のことだが、この結果は当然である。
何故なら、デルタとココロの間には、アルファと言う四人の男達の中では一番小さく、しかし最も強い男が居たのだから。

「ぐ、あ…ッ!はな、せ…ッ!」
「その突発的な暴力性は、明確な欠点だ」
「うるっ…せえ…ガッ…!?」
「ひ…!」

片腕でデルタを押さえたまま、空いたもう片腕で首を締め上げると、ごきり、と嫌な音がした。メンバー内では一二を争う強い力で首を締め上げてやれば、幾ら剛健なデルタであろうと呆気なく気絶する。
さて、落ち着いたところで連れ帰るかと気絶したデルタをおぶってやれば、震えた少女がようやくアルファの目についた。首を絞めれば死ぬなどと言うのは、幼いココロにも分かることだ。
普段は明るい少女の顔が蒼白になって震えているのを見て、アルファはほんの少し冷や汗を流しながら、「大丈夫だ。生きている」と告げることしかできなかった。
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