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着いた施設は施設といっても随分小さく、最初にミオで宿泊したボロ小屋より幾分かマシ程度のものである。
安い宿泊費であることや、トレーナーではないものが寝るだけに使うとなれば、ベッドが人数用意されているだけありがたいと思わねばならない。

「…あめふってる?」

ぽつ、ぽつ。
窓を叩く雨の勢いは次第に増していて、寝転がったココロが指摘するのも納得の激しい雨足になっていく。

「外にいなけりゃ濡れることもないし、気にすることないよ」
「うん…」

ガンマが優しくそう声をかければ、布団の中に顔を埋めた少女は歯切れ悪く肯定して、静かに口を歪ませる。
全くその通りではあるのだが、ココロの言葉の裏に滲んでいる不安は、恐らく雨そのものへの恐怖心ではない。寧ろ、部屋の外ではなく、中にある。

(…デルタちゃん、なにがいやなんだろ)

昼間はガンマとベータという物理的に大きな壁に挟まれて居たからこそ分からなかったが、男四人が詰まればそれなりに広い部屋でも手狭になる。
手狭になれば歩いている時よりも距離が近くなるし、近くなれば当然、今までは見えていなかった部分にも目が行くようになるものだ。
旅というのは人を成長させる。聡明な赤子であった時代は過ぎて、少女は大人になるとして。…では、ポケモンはどうだろうか。

「ココロ、気にするな。お前は何も悪かない」
「…うん」

背を向けたまま横たわるベータの声は、ココロの考えることを断ち切り、そして労るような内容を含んではいたが、とは言えそれで納得できるはずもなく。
ココロは時折横目で小さく丸まった寝姿をしたデルタの青ざめた顔を見遣って、そうして知らず知らずのうちに眠りについた。


目が覚めて、朝が来ても雨は止まず、太陽はいまだに隠れたまま顔を見せない。
どんよりとした曇天の空気は、ココロ達を取り巻くどことなく気まずい雰囲気をより悪化させているようでもあった。

「今日は買い出しに行く予定だが…ココロ、お前はどうする」
「えと…」

部屋の中にいるのが億劫というわけではないにせよ、どことなくデルタの視線が気になるのは違いなかった。少し前にベータが向けてきた視線にそっくりだったのだ。
恐れと、悪意と、ほんの少しの寂しさ。抗えない現実への焦燥感と、周囲の呑気にも思える平穏への苛立ち。

「…なに」
「! ううん、なんでもないよ!」
「あっそ」

こちらの視線に気がついたデルタがつん、と横を向いた。ちょっと冷たい空気であったこともあって、聞いて居たらしいガンマの目が吊り上がる。彼の背後に控えて居たベータが早々に羽交締めにしていなければ、殴り合いが始まって居たことだろう。
もちろんそれに気が付かぬアルファではなく、むくれたツラのデルタに「お前は荷物持ちだ」と肩を叩く。同室にしていれば必ず掴み合いになると分かっての引き剥がしであった。

「いーけど、なんか買ってくれんのアルファくん」
「購入する食事製品の選択権があるだけで充分だろう」

軽口を叩いているデルタの頭を軽くこづいて、アルファがコートとかけてあった帽子をかぶる。出かける際には必ず目深に帽子を被るので、これは分かりやすい出立の合図だった。

「ココロもいく!」
「来たってなんも買わないよ、大人しくしてな」
「でもいく!」
「…だ、そうだが」

腕に引っ付いてココロが訴えれば、面倒くさそうに眉を顰めたデルタもそれ以上は何も言わない。「勝手にすれば」の一言にパッと笑顔を作る少女に反して、残るガンマの表情は硬い。大丈夫なの、と声をかける事はしないものの、不安げにちらちらと横目で少女を見る。
それでもココロが元気いっぱいにいってきます、と笑顔で手を振るので、それ以上は何も言えずにガンマも上面だけの笑顔を浮かべた。


「良かったのか、あんな風にいなして」
「ガンマくん、ほかのこにもあーだもん」

アルファの少しばかりの困惑に対して、知ってるんだ、とツンとした返事を返す。子供にだけ甘いと言うのを誰に聞いたのやら、アルファは彼女がそれを知るタイミングは一体いつにあったのか、考え込むのもおかしいのでそのまま問うてみれば「もりであったおんなのこが、おしえてくれたの」と。
あのハクタイの森での出来事は超常現象の類で、その上でガンマが狙われていたことも考えると、あれの過去に関する内輪揉めだったと言われると納得はできた。
ココロに少しばかり警戒されるのは哀れだが、時間が経てば誤解も解けるだろう。
ガンマが真面目で誠実な男であるという事実は、アルファの折り紙つきである。まあ、これを外側からああだこうだと言ったところで、解決しないのはわかっているので見守るしかないのが心苦しくもあるが。

「おかいものたのしみだね!」
「…あっそ」

少女の笑みに対してデルタの答えは手厳しい。
もう少し優しくしてやれと口を挟んでも、形だけ取り繕う一時凌ぎにしかならないのは理解しているため、アルファは口を挟まず二人の姿をまずは見守る事にした。
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