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「なんだ、上手くいったか」と。
まるで知った様な口を叩いた男の肩にパンチして、ココロとベータは山を降りた。途中まで送り狼のようにジャリドが付いてきてまわっていたが、いつの間にやら挨拶一つせずに去っていった。
鼻歌を歌っているココロは、それに気がついているのかいないのか、ベータの手を握って呑気にしている。最初ならどれ程の悪態が漏れたか、或いは言わずとも頭の中に並べ立てたか知れないが、今はそう気にならない。

寧ろ、何とも言い難い、ただじんわりとした熱が指先をくすぐる感覚はこそばゆく。これが愛おしさなのか、小さな子供に対するにはかなり遅めの庇護欲なのかは、未だに分かりかねている。

(小さいな)

こんなに小さいのに、自分を恐れず、あんなに当たってしまったのに嫌にならず、こうして手を繋いで歩いてくれるのは、一言で言えば奇跡だと思った。そうして、その奇跡を大事にしようと、今は自然とそう思える。

「ココロ」
「はあい」
「…悪かった」

謝っておくのは、ただ居た堪れなくなったからだ。
自分の心を軽くするためだけの謝罪は、口に出した先から己の浅ましさに辟易するが、少女は首を傾げて「なんのことかわかんない」ときゃらきゃら笑った。
許すも許さないも無い、そもそも謝られることなど無いような顔をして居られると、少しだけ存在を許されたような気になった。
ベータはほんの少し自分の顔に造られた笑顔を意識して、笑った。それは嘲りでもなければ、作り笑いでも無い、困ったような、嬉しいような、不思議な色を宿した笑みだった。

「おーうい!」
「あっ、ガンマくんだ」
「………」

山の麓まで降りて、雪が溶けて青々とした草が生え揃い始めれば、寒さには強く無い面子も迎えに来るだけなら仔細ない。
駆け寄ってくるガンマに向かって軽く手を振るココロを片手で静止しながら、近づいてくるにつれてどんどんと表情が荒れてくる男に舌打ちした。

「オイ!何舌打ちしてんだテメー!」
「うるせえのが来たと思って」
「あ゛ぁ?!」
「事実だろうが」

言い切るとツンとそっぽを向いて、メンチを切るガンマから視線を逸らす。はあ、と大きめのため息まで吐いてみせるので、いち早く走って来たガンマは分かりやすい煽りに更に睨みを効かせた。

「ほーんとに腹立つくれえ口悪いのな!
…ココロちゃん大丈夫だった?怖いことされてなあい?」
「うん、ベータくんやさしかったよ!」
「ええ〜……それは……絶対うそだあ…」

膝を折ってできるだけ顔を近づけてからそう問うが、少女は明るく想像に反した答えを返した。
実際問題、彼の懸念通りにベータの言動はあまりにも褒められたものでは無かった。が、された当人は彼の言動の所在にはほんのりしか気がついて居ないまでも『成程精神的に不安定なのだなあ』と割合受け止めてくれて居たのが幸いである。
通常のこの年頃の娘ならそう理解者にはならないし、然りとて大人の女に寄り添われてもベータは持ち前の悪態を連ねて煙に撒くので、今回の曖昧で柔らかな和解に関しては奇跡であった。それを提言してココロとベータの仲の深まりにより突っ込む者は此処に居ないが。

「二人とも無事か、怪我はないな?」
「うん!」
「問題ない」
「そうか」

ならよし、とばかりに少しだけ笑みを浮かべたアルファが合流すると、後から来た疲れ気味のデルタを連れて漸くテンガン山を離れる。
今は雪が止んでいても、これからまた降らないとも限らない。山の天気は変わりやすいのである。

隊長の指示に従って、ベータはココロと手を繋いだまま山を降りる。向かいに陣取るガンマが文句を言うのも右から左だ。
仲を深めたらしいと何やらホッとしたような顔をするアルファとは裏腹に、体調の優れないデルタの表情は楽しげな子供と隣に立つ青年達の背を見て、苦しげに歪んだ。
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