01

主が死んだ。
その訃報が届いたのは、彼らに言い渡されていた大仕事が終わってからすぐの事だった。

隊長であるアルファが読み上げたそれに狼狽えたのは何といっても一番年若いデルタで、ヒステリックに泣きわめいては汚い地面に頭を打ち付けて、言葉にならない言葉を呻いていた。
冷静だったのは逆にベータで、ショックに固まったガンマの背中を軽く叩くと「人間だぞ、死ぬときゃ死ぬ」と鼻で笑って励ましているのか、追い打ちをかけているのか分からない言葉を吐いた。ついでとばかりにキレ散らかしたデルタに蹴飛ばされていたものの、流石のアルファにもそれを窘める気力すら無かった。
それほど、主の存在とはポケモンにとっては大きいのだ。


主が数年前から病に侵されていたと言うのは、彼の手持ちなら大体知っている。
当人が隠す気もなく「俺は二十歳になる前に死ぬ運命だからね」とカラカラ笑っていたもので、周囲も悲観する気もない彼の様子にはなんと返したものかと視線を彷徨わせたものだった。

いつも命令を受けて、主たる青年の願いを『遠隔で』叶えるのが特殊部隊であるアルファ達の仕事だ。所謂ポケモンバトルでは何とかならない部分を補う、少し汚れた仕事も熟す。
それを信頼されていたととるかは人によるが、それでもだからこそ、その訃報の書に挟まっていた最後の『命令』には絶対に従わねばならなかった。



「どこに行くんだ、アルファ?」
「命令だ。お前たちも来い」
「命令ィ?」

ガンマの問いに粛々と返せば、その言葉にベータが細い目を更に眇めて訝しげに声を上げた。それと同時に、アルファの言動があからさまに『命令の延長戦上』にあることに気が付いたデルタは涙に濡れた顔を慌ててあげて、彼の手から紙を奪い取った。

ザラついた紙の上に流れる筆跡を舐めるように眺めて、頬をじんわりと赤らめると、手紙を胸に抱いて重いため息を吐く。デルタと言う男は一層恐ろしいくらいに主である青年に傾倒していたので、その振る舞いに今さら周囲が文句を言うことは無い。
だが、逆に言えばそうした彼の言動から、訃報の紙にもう一つ重なっていた手紙の主が誰かも察しがついた。
細かな道順や場所の指摘から始まり、最後の締めくくりは『私の忘れ物と共に、その道を辿ってほしい』…だ。


「我々は指示通りカントーの六ノ島に向かう。
…主の最後の命令だ、心してかかれ!」
「「「了解」」」


わざわざガラルからカントーに向かい、そこから船を借りて向かう、それだけでどんなに急いでも一週間はかかる。
アルファは急く気持ちを内心で抑えながら指示のあった場所に向かうと、六ノ島は想像よりも小さく、田舎小島といった様子であった。それでも、見知らぬ船が付くのが珍しいからか、到着と同時に此処に住むと言う青年が声をかけて来た。
「探してるんだろ」と、まるで知ったような事を言われてベータが攻撃の体勢をとろうとしたが、それをアルファが手で制す。

「そうだ、貴方は?」
「俺は…そうだな、アンタの主の友達ってとこかな。
迎えが来るまで『忘れ物』を任されててね、来てくれてよかったよ」

赤い髪をなびかせて、どこか懐かしむような声色でそう呟くと、こちらの警戒に気が付いていて背を向ける。
先に行く、ある種女性性すら感じそうな美しい青年の背を追うように、四人の屈強な大男が付いていくのははたから見て妙であったろう。一目が少ないのが功を奏した。

暫く進むと小さな洞窟についた。
洞窟と言うにも手狭で、どこに繋がっている訳でもない。少し大きめの空洞といった様子であったが、青年はそこに入るとおうい、と声をかけた。
そうすると、洞窟の中心で小さな影がもぞりと動いたのが見えた。ズバットの群れを遠目に眺めていたらしいそれは、青年の声を聴きパッと表情を明るくすると「れっちゃん!」と嬉しそうに鈴のように軽やかに甘い声を漏らした。

「うそ」

デルタが背後でそう息をのむのも理解できる。
あまりにも、その少女は主に似ていた。美しい金の髪に透き通った青空のように吸い込まれそうな瞳、ただ屈託なく笑う表情は彼と出会って四年程経ったが、亡くなった今でも見たことも聞いたこともない。

「また此処に来てたな、お転婆」
「うん、だってね…なんかよんでるの。れっちゃんにもきこえる?」
「…まあ、そうだな」

聞こえるよ、と寂し気に笑うと抱きかかえた少女の背を撫でる。
慣れた様子であった青年の視線がアルファ達に向かうと、彼は「そういうわけだからさ」となんだか困ったように笑って何か手帳のような物を取り出して、手渡した。
アルファはまるで誘われるようにその手帳を捲る。

「…主の字だ」
「そうだ、×××のレポート」
「…? なんだって?」

彼が言った言葉の一部が理解できずに顔をしかめる。
聞き取れないと言うレベルではなく、その一瞬だけノイズがかかったように聞こえなくなったのだ。青年はそれに驚いた様子もなく、視線を落とす。

「説明しづらいことだけど、アンタらアイツの命令を受けて来たんだろ。
俺も同じように彼女を預かってた。
もし、アイツの命令を聞いて、わざわざ此処までやってきたポケモンが居たら、彼女…ココロを任せるように」
「れっちゃん?」

困惑したように青年の顔を見上げる少女に、彼は優しく目元にかかった前髪を寄せてやると、言っただろ、と言葉をつづけた。

「お前はこれから、この人たちと一緒に旅に出るんだ。
大丈夫、寂しくない。一人じゃないんだからな」
「れっちゃんは?」
「俺はここで待ってる。みんなを待ってる、俺は動いちゃダメなんだ」
「れっちゃんはさみしくないの?」

少女の疑問に彼は眉を下げた。
噛みしめるようにぐっと眉間の皴を寄せて、頭を振った。

「思い出があるから、寂しくないよ」

行っておいで。
そう送り出した青年の声に、少女は耐えるようにうつむいてから静かにうなずいて、無言のままアルファに手を引かれて変化の洞窟を飛び出した。
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