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※濃いめの同性愛描写(男同士)あり


仕事の合間合間、彼と会うようになったのは優越感だろうか。
若しくは、自らは何もないが、それは不幸では無いと納得する為の材料として、彼を使っていたのか。それはどちらも正解で、今思うとそれも体のいい言い訳だったのかもしれない。

「ベータさんと話していると、なんだかホッとしますね」
「はあ、そりゃ気のせいでは」
「そんな事ありません!私は、なんと言いますか、その…貴方に話を聞いてもらって漸くといろいろ心の整理がついてきたのです」

それは貴方が、こうして耳を傾けてくれるお陰なのだから、と。
言われてもベータはちっとも理解できなかった。別に聞いていると言っても有益なアドバイスをするでもなければ、彼を全肯定したこともない。
自分は謂わば、ただ茶々を入れながら、人の金で飯を食う男である。壁に話していた方が幾分マシだろう。

「…マゾとかで?」
「違います!どうしてそう、自分を卑下なさるのか…!」
「卑下も何も、事実でしょうが」

彼と出会って話をして、そうこうしている間にも汚い仕事は山程ベータに降りかかっていた。先達として同じく手を汚しているアルファは勿論、新たに配属されたガンマやデルタと言う存在、そして名前は忘れたが汚れ仕事をする他の仲間たち。
それらは総じて価値がない、価値がない事に意味がある。そう言う風に作られた。

「俺はベータだが、これはコードネームであって名前じゃない。意味もない。ただの識別番号の一種だ。
俺が死んでも、次のベータが俺の代わりに仕事をする。それだけだ」

だからこそ気楽なものである。価値のないものたちが人の手によって生まれ、生きる意味を与えられる。そしてその意味が汚れ仕事だった、誰かが嫌がる仕事は率先してやりましょうと言うような具合だ。
つまらない身の上話に近い事を口から漏らしたものだな、と呆れながら食事を再開しようとしたベータの腕を、前と同じく男はその美しい両手で包んだ。
今度は、涙で濡れた瞳を向けて、それは祈るようであった。

「ベータさん…私にとって貴方の代わりなど、何処にもいやしません!」
「なにを、馬鹿な事を」
「貴方はッ!
貴方は!ずっと、出会った時から、優しくて、寂しげで…本当にずっと……綺麗だ」

熱っぽい瞳が向けられて、ベータは落ち着かない気持ちで視線を逸らす。今にも食って掛かられそうな勢いで、正直に言えば恐怖心を覚えていた。
性別や情愛の有無とは関係なしに、ベータにはその強い色はとても耐えられない。ゾゾ、と粟立った腕を引いて、口をギュッと結ぶ姿には、男も申し訳なさそうに頭を掻いた。本当に言うつもりない言葉を、咄嗟に吐き出してしまったと言いたげな戸惑いに満ちた顔だった。

「すみません、貴方を怖がらせるつもりは…」
「怖くねえ」
「す、すみません…その、言ってしまった手前もう隠しませんが、無理強いをするつもりもありませんから…」
「ああ」

目の前の男に無理やり何をされようと言うのか。自分の方が強いと言う自覚もあれば、目の前の男が誠実さの擬人化のように生真面目なことも理解していたので、そう言われずとも疑うことはない。

「…こんな私でも、また会ってくれるでしょうか」

いつやめても良い関係だ。それこそ、これがきっかけになってベータが彼を避けるようになれば、自然消滅するだろう。

「お前の気持ちには何一つ答えられんが、飯くらいなら奢られてやる」

友人とも、恋人とも違う。ただ食事をする間、彼の話を聞くだけの関係は、不思議とベータの暇潰しの一つになりつつあって。だからそれだけなのだ、本当にそれだけだったのだ。
何もない自分に繋がった、透明で名前もない関係と、肌から香る薄いタバコの匂いがただ何となしに惜しかっただけで。
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