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曰く、ジャリドなる男はこの付近で迷った人を招き入れて、無事に返すのが趣味の変人らしい。ムディーアに言われたから知っていただけで、知らない相手でもそうした、と言われれば、ベータの顔は苦虫を噛み潰したかのようにそれこそ苦々しげであった。

「氷タイプのお前さんだけなら放って置いたかもしれんが、この子は人間だろ。
外に長時間置いてたら危険ってのは、太陽が東から昇って西に沈むってぐらい当然さね」
「…そうやって、全員助けるつもりか?偽善者め」
「やらぬ善よりやる偽善だ。それより、飯食うか?それなりの備えはある。
まあ無くとも、俺一人なら買い物に行くくらい容易いがね」

自分の頑強さを誇るような口ぶりにベータは無言で眉間に皺を寄せるが、ココロは少し離れたテレビの前に陣取って「そおなんだ」と目をぱちくりさせていた。天気予報は荒れ模様、山の天気は変わりやすいとは言うものの、まだ止む気配はない。
長ければ三日は続くと予報された猛吹雪に、ベータの気分は最底辺まで下降していった。


「…雪、止まないみたいだ」
「そうだな」
「〜っ!たいちょおーっ!」

むず痒そうに足をばたつかせるガンマに、アルファは黒々と艶を放つコーヒーを無理矢理に手渡す。彼は大人しく受け取って口をつけるが、顔には不満ですとデカデカ書かれていて、内心で苦笑いした。

「許可しない。お前だって俺よりマシとは言え、氷に強いわけじゃないだろ」
「でもさあ、あいつに任せるなんてさあ」
「…お前はベータを何だと思ってるんだ」
「信用ならねえ悪態付き」
「…フウ」

確かに、二人の仲はお世辞にもいいとは言えない関係である。デルタは存外ベータとは悪友、ガンマとは精神的に年若い組としてやれている。
だが、二人を区分するなら揶揄う側と揶揄われる側である。素直なガンマと腹の内を見せないベータでは、その関係性が拗れてしまうのも至極当然ではあった。

「それでも、我々はチームだ。できない事は互いに補い合って、そうして漸く一となる。
まさか気合いで雪山に入って何とかなる、と楽観視しているわけでもないだろう」
「…そりゃ、俺だって」

ガンマは薪の火に照らされて、黒々とした瞳を赤く燃やした。根本のところ彼の強みは、誰よりも濃い野生の色である。感覚的に無理かそうでないかを明確に見分け、今の自分にとっての最善を選び取ることができる。
わかっているから、口ではどうのこうのと不平不満を募っても、待機命令を大人しく聞いているわけである。

「少しは信じてやれ。
そうでなけりゃアイツもずっと、心を閉ざしたままだ」
「………難しいこと言うなあ」
「ま、果報は寝て待てってことだ」
「まーた、そやって適当にまとめんだからさ」

もう知らね、と言う割に随分とすっきりとした笑顔を携えたガンマを見て、アルファも自然と口元を緩めた。


雪の積もった周囲の景色は嫌になるくらいに白一色で、早々に見飽きたココロは空いたカップをテーブルに置いてからはテレビを眺めている。天候を気にしてニュース番組しかつけていない状態故に、彼女にとっては大した面白みもないだろう内容だ。

「…やまないね」
「まだここに来て三時間も経ってないぞ」
「うー…」

遊び道具も遊ぶ相手もいない状態は、一言で言うなら苦だ。時間の潰し方の分かる大人ならともかく、一桁の娘にやることがないなら寝ていろとぶっきらぼうに言い放っても是とはいかないものである。

「永遠に続くみたいに見えるな」

やることが無くて暇なのは、ベータとて同じことだ。肉体の年齢は兎も角として、この世にベータと言う精神をもって生まれ出でたのは丁度四年前、四歳児とはいかないまでの成熟しているとは言い難い。抑々、真っ当な精神が育つ環境でもなかったのだから、ささやきに近い彼のボヤキは吹雪に埋もれて消える筈であった。

「えいえんはないんだって」
「…あ?」
「れっちゃんがいってた、えいえんにつづくものは、ないんだよって」

嬉しいも、楽しいも、苦しいも、悲しいも。全部が必ず終わりに帰結する。
言われればその通りであるし、子供にもわかりやすい説明ではある。口を挟まなかったのは、ベータの気まぐれでもあったし、単純にその言葉の意味を少しだけ咀嚼するのに時間をかけていたからだった。

「きせつも、じかんも、こころにも、えいえんってないんだって。ふしぎだね」
「へえ…俺は知ってるぜ、永遠に続くもの」
「なに?」
「心的外傷」

体についた傷よりも、腹の内側についた見えない傷は、一生埋まらない痣と痛みに悩まされる。
彼の言葉に少女はばたつかせていた足を止めて、じいと男に向き合った。男の目はいつものように黒々と鈍く輝いて、ココロを通して別の何かを見て苛立ったようにそれを眇めた。
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