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フィロソフィーからのいくつかの話を聞いて、押したり引いたり、すったもんだのうち、別れる直前にココロは彼にあのポッチャマ柄の手紙を手渡した。

「れっちゃんにあったら、わたしてほしいの」
「…承った、必ず彼に渡そう」

彼女の字はよれて曲がって、読みづらく。平仮名とカタカナだけで構成された拙いものであるが、気持ちだけはたっぷりこもっている。

<れっちゃんへ
ココロ げんきです かえったら オムライス たべたいてす>

伝えたい事はこれでいいのか、とアルファは内心思ったが、まさかホームシックのトリガーが懐かしの我が家のオムライスとは流石に察しはつくまい。
少女の満足げな様子にまあいいか、と納得して、アルファは喫煙室に篭っていたベータを連れ出してから、四人の男と少女は揃ってハクタイを後にした。


<草タイプのポケモン相手にリザードンに進化した烈火が遅れをとるはずはなく、つつがない勝利であった。
大した面白みのないことだが、安定して危なげないと言う事は、そう言う事になる。ショーとしてはいささか盛り上がりに欠けたか。>

<一番ここから近いジムはヨスガである。適当に南下してバッジを手に入れるために動かねば。
一分一秒でも時間を無駄にできるほど、私の寿命は長くないのだから。>


こうして、そのままハクタイからカンナギタウンに向かおうとした矢先に、レポートに待ったをかけられた。
サイクリングロードになっている道を通るには自転車が必要であるが、当然そんなものは持ち合わせていない。仕方ないのでテンガン山内部を通って下ろうとしたのが、恐らく最初の間違いだった。


「…さっみい」
「へっぷ!」
「オイ、大丈夫か」
「はっきゅ!…ずっ、へーき!」
「………」

テンガン山とは、言ってしまえば氷の山である。
土地勘なく、また山慣れもしていないならば、当然迷う。しかし事、今回に於いては誰が悪いとはまた言えない話でもあった。
遠回りしてヨスガに向かう算段を立てた四人だったが、迷いつつも何とかヨスガ側208番道路に出る事はできた。しかして、突如としてココロの姿が消えた事で、物事は振り出しに戻ってしまった。
この消えた、に関しては前の炭鉱と同じく本当に彼女の意思とは関係ないのだろう。雪道に足跡一つ付いていない事や、先までにこやかに到着を喜んでいた事からもそれは察せられた。

雪山においての活動で最も頼りになるのは、間違いなくベータである。アルファ、ガンマはドラゴンを持つが故に雪の道など歩くだけで著しく体温を持っていかれてしまう。
対して、デルタも氷属性を持つポケモンだが、彼はどちらかと言うと水の中を得意とするタイプで、これまた陸上には適していない。
と、やはりベータが特性雪かきであることもあって、捜索の第一陣として送り出される結果になった。

ともあれ、少女はしんしんと降り積もる雪の中、小さな緑色の水晶のかけらを握りしめ、見知らぬ男の腕の中でぐーすか眠っていたので、ベータは顔には出さないものの大分戦々恐々としていたものである。

(問題は、…たぶん、戻れねえって事だ)

少なくとも、今日は無理である。
夜も更けてくれば雪は荒れ、道は見えなくなる。ベータ一人なら兎も角として、小脇にココロを抱えて何時間とこの雪道を歩いていたら間違いなく夜が明けるより先に彼女の命の灯火が掻き消えることであろう。
子供一人死んだところで傷つく繊細な心ではないが、隊長にどやされるのは勘弁して欲しい。
それに、ココロを抱き抱えていた男の正体も知れない。警戒心を抱いたまま、向かい合っていつでも戦う準備をしていたが、反して相手は何も言わずに目を覚ます前にココロを手渡して消えた。

「ここどこだろー」
「さあ、お前が勝手に消えたんだろ」
「…だって、そんなこと」

いわれても、と小さくなる声にベータは皺を寄せる。面倒臭い。
優しく言葉の一つでもかけてやればいいのだが、そんな事をわざわざしてやる理由が無い。女と言うだけでベータにとっては嫌なのに、放り投げていかないだけで感謝して欲しいくらいだ。

(いっそここに置いて、見つからなかったと言ったらどうだろうか)

そんなに重要なのかこの子供が、女が、人間が。
途端に醜悪な自らの内側に潜む汚濁が漏れ出して、小さな背中を睨む。

殺すなら、間違いなく今だ。
ふ、と軽く息を吐いてから、カリカリと音を鳴らす指先の稲妻が、理性ごと静かに焦がしていった。
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