二人の姦しい会話と、目の前の青年の見目麗しさから周囲の視線はいつもとは別の意味で集まっていく。そのためか、少し離れて休憩をとらせていたガンマとデルタが、直ぐにこちらを見つけてベータと入れ替わりに戻ってきた。
アルファが帽子のツバを引き上げて二人の様子を見るに、少しは気晴らしになったらしい。ガンマの方は、未だに泣いた少女の姿に気後れしているようで、アルファの背中に回ったまま出てこないが。
「ガンマ、もう大丈夫だ。出てこい」
「ガンマくん…」
「…ごめんね…俺、なんにもできなくて…」
しょぼくれて梅干しの様にしわくちゃの顔で背を曲げながら出て来たガンマに、少女は首をぶんぶんと横に振ってからお姉さんぶって彼の手を取った。
「ううん、わたしのほうがわるいの。
あかちゃんみたいにないて、みんなのことこまらせちゃった。ごめんなさい」
「ち、違うよ!別に、そんなの、全然!」
「ホントそれ。いきなり泣くからちょっと引いたっての」
「おいデルタァ!!!」
しおらしくしているのはあくまでもココロという幼い子供の前だけで、ガンマはデルタのつまらない悪態に反応して首根っこを掴み上げてその頭を揺さぶる。いつもなら面倒がってされるがままのデルタだったが、彼の手をさらりと外して少女に視線を合わせると、頬杖ついて呆れ気味に問うた。
「そんで、泣き虫卒業したわけ?」
「うん!」
「あっそ」
「ごめんね、ハンカチありがとう」
「どういたしまして」
涙でぐずぐずになったハンカチを一応受け取って、デルタは愛想笑い一つせず立ち上がってから、少女の頭を雑に撫でた。彼なりの慰めである。
なんだかんだと、こういう場合に大人なのは女の方である。ガンマの寄り添うと言うには少々過保護な部分が、自分が幼い子供だからだと言うことは少女にもわかるのだ。
大事にされていないとは思わないが、彼女なりに対等では無いと思うのだろう。彼を慰めはするがそれ以上の寄り添いもしないのは、ちょっとした女の矜持である。
多分、甘えすぎるとこの男にダメにされるとわかるのだ。
(面倒見がいいが、それ故に年下キラーだったなコイツ)
成人済みの女にはそれなりにあたふたするだけだが、それ以下の、特に子供には筆舌に尽くしがたいほどに甘く面倒見が良い。元々ガンマの情緒が育ったのが教会であるので、そこの子供たちを相手にしている間に必然人間の子供には甘くなったのだろうとアルファは予想づける。
「お前確か、老人にも優しかったな」
「? そりゃあ、皆そうじゃないですか?」
「………まあ、そう…か?」
そう言われれば勿論そうなのだが、と。言いかけて口を噤む。もう大分面倒になってきた。
アルファには部下が女に刺される可能性やらなんやらの模索をする程の暇はないのである。
「ガンマくん、ホットケーキね…」
「! うん」
「たべよっていったのに、たべれなかったの、ごめんね」
「ううっ…いーんだよお!またどっかで食べようね〜!」
「何このテンションコワ…」
「うるせえ!!」
器用にココロに笑顔を向けながら、デルタに蹴りを入れるガンマを見て、ほっと一安心とアルファは胸を撫で下ろす。一々揉めなきゃ気が済まない面子だが、それをいつまでも引きずられると任務に支障が出る。
フィロソフィーは微笑ましげにそれを眺めてから、アルファに向き直る。その顔は先までの男と同一とは思えぬほど真剣であった。
「今回、お前達に声をかけたのはあの子の無事を見たかったからと言うのもある。
が、実は俺も瑠輝から連絡を貰っていてな」
「どのような」
「別に警戒されるような事はない。
送り火の前に起こる事柄については、お前達に任せなければならないのが気がかりなくらいだ」
「…ちょっと待ってもらっていいですか。送り火?」
「今は迎え火の途中だろう」
だから烈火は、心配しながらもお前達にココロを預けたわけだしな、と。さも当然のことのように言われて、混乱する。
フィロソフィーは足を組んでから考えるように少しばかり目元を細めると、真っ直ぐ視線を投げかける。
「お前達、×××をきちんと死なせてやる為に動いているんじゃないのか」
「…なんですって?」
あんなに騒々しかった周囲の音が、全て消えた。
息を呑んだのは、ガンマか、デルタか、それともアルファか。今できるのは次の言葉を待つことだけだった。
「本当に何も知らんのか」
「何の話だよ…」
フィロソフィーの問いに、重苦しい声色でデルタが詰め寄った。無理もない反応ではある。
ココロは相変わらず、正しく現状を認識してはいないものの、大人達の声色が変わった事にはすぐに気がついた。
「アルファくん…」
「…なんでもない、少し話すだけだ」
「………」
強張ったアルファの横顔を見て、ココロは彼の厳つい腕に抱きついた。少しでも彼が遠くに行かぬように、気持ちや心を近づけようと、ただ触れたのだ。
拒否はされずにアルファの腕に抱かれて、膝の上に乗る。ようやっと、ココロは置いていかれないような気になって頭を彼の腹につけた。
「迎え火とは、あの男…×××の魂を一時的に迎え入れる儀式だ」
「あの人がどこかにいるの!?」
「落ち着け、デルタ」
「…厳密には、留まらせるだけで会話もできん。送り火の前段階でしかないわけだからな」
送り火で、漸く×××は本当に死人になる。
フィロソフィーの声は自然と穏やかになって、視線は遠い遠いカントーの地を見つめていた。デルタは何度か声を出そうとして、はくはくと口を動かしては、かぶりを振って結局何も言えずに座り込んだ。
代わりに全てを聞き終えて口を開いたのは、ガンマだった。
「そうか、俺たち送り火のためにこんな風にレポートの旅をなぞってたのか。
もしかして、急いだほうがいいのかな?」
「いや、四十九日以内に辿り着けば構わない。
まだアレが死んでから一週間も経っていないわけだから、焦ることもないさ」
「そっか。ならよかった」
俺も葬式出たいなあ、なんて。
割と簡単に言ってのけるものだから、デルタの堪忍袋はブチギレてその横面を殴った。デリカシーのなさに関しては今さら言うまでもないが、流石のアルファも頭を抱えた。