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「…どうした?」

アルファが目を覚ますと、泣きべそをかいたままハンカチを握りしめているココロと、それを伴って疲れた様子のデルタ。そして、こちらも泣きそうになっているガンマが居て、流石に何があったのかと眉を下げる。

「いや…なんつーか」
「れっちゃんにあいたい…」
「これ」
「ああ…」

郷愁か、と寝ぼけ眼で起き上がり、デルタからココロを受け取る。そんな事で当然彼女の中の寂しさが埋まるはずもないので、暴れる訳ではないが、腕を伸ばしたり、足をばたつかせて行き場のない感情を発散させようと唸る。
アルファは暫し考えてから、疲れた様子のデルタと、不甲斐なさに落ち込んでいるガンマを下がらせた。暫く自由時間だと告げてから、抜き取られた財布を回収すると、後ろ髪を引かれながらも二人は去って行った。

「ココロ」
「………」
「少し付き合ってくれるか」
「………ん」

アルファの静かな声に、ココロは唇を噛んだまま俯いていたが、暫く間を置いてからそう頷いた。

基本的にはショッピングビルとしての役割をメインとしているが、比較的新しくできたこともあって中々に面白い作りになっていた。食事処や喫茶店といった良くあるものから、地下には一大に広がる水槽の中を雄大に泳ぐポケモンが見られる水族館までが備わっていた。
暗くライティングされた館内を静かに歩いていると、ココロも少し気が逸れるのか目元の涙はそのままにぼうっと泳ぐネオラントの尾を眺めている。

「どーも」
「お前も来てたのか」
「まあ、暇になって」

ベータが人気の少ないプルリルのコーナーで何するでもなく立っているのを見て、アルファがそう声をかける。数時間前までは付近で眠っていたベータがいなくなって、さてどこに遊びに行ったのかと少し気にかけていたのもあって、見つかったのはまあ暁光か。
アルファがプルリルの薄い水色や桃の腕の動きに気を取られているココロの頭を撫でていると、ベータも漸く腕の中にいる小さな子供の存在に気がついた。

「子守ですか、大変ですなあ隊長は」
「むう!」
「オイベータ…」
「本当のことでしょうが」

泣き虫め、と揶揄う男の声に普段なら嫌そうにするものの何も返さない聡い娘が、事不安定な精神状態である今はトゲデマルのように針を飛ばさんばかりであった。

「い、いじわる!」
「知らんかったのか?俺は意地悪だ」
「ベータくんなんか、きらい!」
「ああそうかい」
「みんな!みんなきらい!」
「へーそりゃ清々する」
「わあーん!」

言い負かされてアルファに泣きつくと、これまでになく少女は大声を上げた。小さな水族館の人気のない場所とはいえ、下手したら職質されそうな状態である。
アルファは必死にココロの背中を撫でながら声をかけるが、彼女の気が落ち着く事はない。

「どうせ、みんな、わたしのこと、かわりだとおもってるんだあ!」
「それは違う」

キンとするような声に、脳を貫かれた気がしてアルファはココロの顔を覗き込んで、瞬間的にそう口にしていた。
彼女の顔立ちは確かによく、主に似ているが、あの人はこんな風に自分の思った事を口にする事はなかったし、ましてやこんな風に泣きじゃくりもしなかった。
それに、言ってしまえばもし、彼女がココロではなく主であったなら、ここまで気を使ったりしなかっただろうと確信できもする。
アルファと同じなのか、自分で焚き付けた癖泣き喚いた様子に辟易したようなベータが舌打ちして続ける。

「お前があの男の代わりな訳無いだろ、馬鹿言うなよ」
「でも、かおが…」
「顔の構造が似てるから何だってんだ。
お前が主なら、俺がとっくにブッ殺してる」

ぎょっとする返答にココロがアルファを見上げる。
彼女なりに忠臣然とした彼なら、その発言を咎めると思ったのだ。しかし、予想に反して帽子のつばを軽く上げて、口角をふっと持ち上げると、続いた言葉はココロの想像とは違っていた。

「確かに、そうだろうな」
「アンタだって恨みがあったでしょうが」
「…恨み続けられる程の気力もないさ」

思い出を懐かしむと言うよりかは、過去の忘れたい記憶を思い返しつつ仲間と傷を舐め合う行為。
ココロは大人だと思っていた二人の言葉と、表情にぽかんとしてしまう。瞬間、先までの泣き虫が引っ込んでしまっていた。

「ふたりは、あるじさんってひと…きらいだった?」
「一言では言い表せないな。
こう言うのを愛憎入り交じる…って言うのか?」
「ハハ、違いねえ」

憎むようなこともされた、だが確かにここ迄の強い力をつけさせられる程度には“愛されて”もいた。彼の打算や計画のうち掌で転がされた事は何度もあるが、利害の関係で守られた回数も数え切れぬほどある。
奸悪だが、使うポケモンに対して悪辣ではない。

「昔、主に言われたんだ『お前達は私の道具だ。だが私は、自分の道具は大事に扱うタイプだ。
例えば気に入りの万年筆があるとする。そうしたら、インクが切れれば足してやるし、ペン先が割れれば交換してやる。無くなれば見つけるまで、きっと探すだろう』ってね」
「俺たちは万年筆扱いか、そりゃ光栄な事で。
それで、なんて返したんです?」
「『貴方は万年筆の方が、我々より遥かに大事に扱うでしょう』と」
「ひーっ!!」

隊長やべえ、とベータが大口を開けて笑うと、ココロは再度きょとんとする。彼はこんな風に笑う人だったのか、と。

「ハライテ…ハライテ…」
「そんなにか」
「ハ、ハハ…!アンタからそう言われると、あの男絶対に悪いようには返さんでしょう」
「『万年筆より壊れにくい相手に丁寧に接する必要があるかね』とか言ってたか」
「ひーックソヤロー!」

天上に向けて大きくそう吠える。一層変な奴だと周囲から訝しまれても彼にとって何のことは無いのだろう。アルファも時折周囲を気にするような事を言ったり咎めたりをする癖、これに関しては何も言わないのだからいつものは完全に『ポーズ』なのだ。
役割として必要だからしているだけで、本質彼が面倒見の良く優しい人であると言うのは実際、幻想である。幼いココロにはとんと分らぬことであるが。

「…きらいなの?すきなの?」
「ココロ、人…まあ我々は厳密には『人』ではないが。ポケモンを含めて深く思考する生き物と言うのは、裏と表で割り切られている訳では無い。
時には絵の具の様に入り混じって、時には過去のことは無かったかのように一瞬でまっさらにもなる。そして、また時には不可思議にも言葉で拒否しても、心の底では全く違うことを考えてもいる。感情とは各も厄介なものだ」
「…? わかんない、どういうこと?」
「…すまない、君にはまだ少し難しい話だったな」
「感情や性格や考えにこうと決まった軸なんて、大してないってことだ。
お前が思ってるよりいい加減に出来てるモンなんだよ、生き物ってのは」

怒って泣いたら涙も止まるしな、と。
ベータが静かに嗤うと、ココロは自分の目元に乾いた跡だけが残っているのを悟って、驚いて首を傾げた。
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