23

店内は外から見えるガラス張りの外壁が一部あり、オープンテラスとなっている。内部の様相はモダンな雰囲気で、大人も子供もポケモンですら浮かない、自然ながら小洒落た店であった。

「メニューあるよ、ココロちゃん」
「めにゅー…」
「うわもう昼近いじゃん、早いけど昼食取らない?」
「いやいやいや!流石に隊長達いないのに先に飯はまずいだろ!」
「しょーがないじゃん、オッサン二人は寝てるんだし。
あっ、僕このハンバーグプレートにしよォ」

二つあるうちの一つのメニューを独占してそう呟くと、飲み物へと視線を向けていく。デルタは既にガンマの意向など無視を決め込むつもりであった。
カフェでありながら軽食…にしては少し重めの昼食メニューがあると言うのは、昨今さして珍しくもない。勿論中には『ウチはコーヒーが売りです!』と言うそれだけの店もなくは無いが、ラーメン屋でも一部で冷やし中華を始めるくらいなので、まあ少ないだろう。

「おひる?」
「そーしよ」
「でも、アルファくんたちいない…」
「アルファ達は寝てるし、起こすの悪いじゃん?
ガキじゃあるまいし、先に飯食って文句云々言う狭量な男じゃないって」
「ん…」

ベータともかく、と出かけた言葉を飲み込んでデルタが少女にメニューのページを見せると、綺麗に盛り付けられた食事の写真に否応なく視線が縫い付けられる。
えっと、えっと、と小さく呟きながら悩むココロの頭を、デルタが軽くつむじ付近を押しながら「はやくう」と急かす。
ガンマがその手を抓りながら「焦らないでいいよ」と優しく言えば、無言で何度も頷いてからココロは結局見慣れているオムライスを指さした。

「わあ…」
「凄いねえ」

それぞれの食べるものを決めて、デルタは予告した通りにサラダ付きの小洒落たハンバーグプレートを悠々と食べている。ココロがケチャップライスの詰まった黄色い卵のオムライスを目前に声を上げると、ガンマは彼女の驚嘆に答えるように返した。

「熱いうちに食べないと、美味しく無いよ」
「うん!」
「お前のカレーまだ?」
「あー、そろそろじゃね。…あっ、すんません」

適当に駄弁っている間に店員がカレーを持ってきて、ガンマの目の前に置く。全ての料理が揃うとココロがパッと笑顔になって、二人の顔を交互に見た。

「いっしょに、いただきますしよ」
「僕もう食べてるし」
「良いだろ別に。
お前はもう少し食い物とか、作ってくれた人とかに感謝の気持ち持てよ」

デルタの文句にいつものようにガンマが小言を言えば、言われた当人は舌を出してそれを拒否する。
大体こうなると恥外聞なく喧嘩になるが、今回はココロが大人しく座ってデルタの言葉を待っていたので、彼の方が折れた。

「はいはい、分かったよ。…いただきます」
「いただきます!」
「頂きますッ!」

三人が揃ってそう言えば、周囲の目は生暖かくなる。
何せ、ココロは元より隣に座る二人も年頃としてはまだ若い方である。歳の離れたお兄ちゃんが妹の面倒でも見ているのかな、なんて周囲は思っていることであろう。
これがアルファやベータであれば、そこそこに周囲の視線も変わってくるだろうが。

「おいひい!」
「よかったね〜!おいしいね〜!」
「コワ…」
「なんっでだよ!」
「いや、だって…引くわ…」

あからさまな猫撫で声にデルタは居心地悪そうに肩をすくめてから、残りの食事をぺろりと平らげた。四人の中ではどちらかと言うと細身の体であるが、デルタの食欲の面は他の面子から抜きんでいる。
プレートに小ぢんまりと盛り付けられただけのライスと高々100g程度のハンバーグ一つで腹が膨れる事はない。彼の思考は既にデザートにいっている中、漸く食べ始めたというココロをぼんやりと眺める。

(…腹立つくらい似てるんだよな)

しかし問題は顔だけ、と言う点である。主の顔立ちもまるで神の贈り物といっても差し支えぬ美しさであったが、顔立ちが似ていても心の形が違えばそれはデルタの求める人ではない。
剥き出しの欲望が彼と言う存在の全てであったし、その黒い太陽の如き輝きに胸を焼かれたのはデルタだけでは無かった。

(みんな主の事、そんなに大事じゃなかったのかな)

少なくとも、アルファは主の事をそれなりに引きずっているようでもあるが、ガンマやベータはどうだろう。少なくとも、ガンマは見るからに目の前の子供に対して猫可愛がりしているように思える。
それはデルタの目にはある種の裏切りにも見えた。勿論それをここで咎めるつもりは無い、ただ自分の中でどうせ何処かで口論になる火種はこれだろうなとも思った。理解していても、止められないサガである。

「あ?」

ぼんやりしていたからか、気がつくのに遅れた。
ガンマのカレーを掬うスプーンが落ちて、床に転がる。デルタにすら驚きの波が確かにあったのに、ガンマがショックを受けないはずはなかった。

泣いている。
小さな少女はオムライスを食べながら、ポロポロ涙を流した。
子供の癖に大声で泣くでもない、むしろ声を殺した静かな涙だった。

「ど、あ、え?」
「ガンマ、落ち着け。…おチビ、どした」
「ん…なんでも、ないよ」
「何でもない顔じゃないでしょ、何?」

デルタが自分でも少し驚くほど優しく、そう声をかけるとココロは驚いたように目を見開く。大きく見開いた瞳からは、大粒の涙がこぼれ落ちる。目まで落ちそうだと笑って、デルタが目元の涙を指先で掬ってやる。

「あ、のね…あ、の…オムライス、おいしくて…」
「うん」
「でも、ちがうなって、おもったの…れっちゃんの、ひっく…」
「目ェ擦らないの」

赤くなるでしょ、と注意されればこくこくと頷いて鼻を啜る。
ガンマはおろおろとしながら様子を伺うように視線を彷徨わせ、手をどこにどうするでもなくバタつかせる。分かりやすく動転しているな、と横目で眺めながらハンカチで涙を吸う。

「れっちゃんの、おむらいす…たべたい…」

詰まるところ、ホームシック。
当然と言えば当然、半ば無理矢理に連れ出したようなものだ。ぐずりだした少女をそのままに食事を続けるわけにもいかず、二人は示し合わせてから少女を抱えて大人しく喫茶店から立ち去った。急いでお釣りの受け取りもせず、多めに払ったまま。
prev | next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -