22

ハクタイの森を抜けて暫く、小道を無言で歩く羽目になった。
とはいえ、ハクタイシティに着く頃には妙に重苦しい空気も幾分か払拭されていったが。

「つい、たあ〜ッ!」
「ウルサッ」
「うるせえ」
「ガンマ、静かにしろ」
「うぐ、隊長までェ…」

ひでえ、と口を尖らせるとココロが朗らかに笑ってベータの腕の中からちょいちょいと手招きする。
それを見て、ガンマがのそのそと冬眠から起きたばかりのリングマのようにやって来た。ベータはいじけた面を見て全くアホらしいと鼻で笑ったが、代わりにココロは寄ってきたガンマの頭を小さな紅葉のような手のひらで帽子の上から撫で付けた。

「いーこいーこね、ガンマくん。よしよし…」
「えっあっ、いっ、いやん…ココロちゃんたら…」
「気色悪い」
「ヴッ!」

ベータは小さな少女の手の届く範囲から一歩離れてから、ココロを抱えていない空いた腕でガンマの脳天を目掛けて垂直に打擲する。
無表情気味の顔に明らかに困惑と嫌悪の色が乗っているので、相当に気分が悪かったらしい。ベータは文句を言うガンマを雑に振り払ってから、少女をしっかりと抱え直す。

「ベータくん、おこった?」
「怒ってない」
「ん、よかった」
「………」

にこやかに語りかけられて、ベータは視線を逸らす。
なんにせよ、この小さな娘が苦手であった。では何故抱えているのかと問われれば、こう言う子守というのは順番なのである。
アルファが主に面倒を見ていた所に次いで、となれば順番的にベータになるのは至極当然であった。


<ハクタイシティには二番目のバッジがある。
草タイプがメインのジムリーダー相手に遅れをとるほど、烈火は弱くない。呪解に関しても、当人の性質が戦闘に向かないかと思いきや、その押して引いての立ち回りは悪く無い。
これも母親の影響か?>

<ジム前にギンガハクタイビルに寄ることにする。
相変わらず服については、決して袖を通したく無いと思わせるセンスだが、それなりに人員が増えているらしい。結構なことだ。
挨拶そこそこに手渡されたポケモンを眺める。草タイプは弱点が多いので、使い所に関してはよく考えるべきか>

<瑠輝と出会ったばかりの草タイプが喧嘩を始めた。
面倒極まりなく、それほど力が有り余っているならバトルでもするかと五時間ほど連れ回したら、二人もそれなりに戦えるようになった。
烈火に「あんまりいじめんなよ」と諭された、お前は俺の手持ちだろうに。>


「“俺”…」

アルファはレポートを確認して、じわりと汗が吹き出していくのを感じながら、ゆっくり排気した。
絶対的な権威者としての振る舞いの仮面が一瞬、剥がれ落ちた気がして寒気がしたのだ。あの人がただの子供であっていいはずがない、と信じたい自分が何処かに居る。
そうで無くては、主と言う人が絶対でないなら、我々の価値とは。

「アルファ、レポートどう?」

デルタに肩を叩かれてようやっと現実に戻される。
レポート読む時、どうしても過去の自分達との待遇の差を考えずにはいられない。
とは言え、デルタとは違い、アルファは彼の人をある種、自分のいいように使っていたのだから、ショックを受ける筋合いはない。

「…いや少し、疲れただけだ。寝ずの探索だったしな」
「そういやそうだった!なんかすんません隊長!」
「僕は割とスッキリしてますケド〜?」
「お前気絶させられてたからな」
「あれに関しては謝らんぞ、俺は」
「へーへー、僕が悪ゥございましたあ」

次第に頭の調子を取り戻していく会話に、ココロは耳をすませながらベータの腕の中で小さく機嫌良さそうに鼻歌を歌う。当然それを聞いているのはベータのみであったので、自然と彼はあやされているのが自分のような気になって顔を見られないように帽子を深く被り直した。


ハクタイシティにあるギンガハクタイビルは、ギンガ団と言う組織が崩壊した今は、ただのショッピングビルと化している。
大分日は高いが、それでもアルファとベータは眠気に襲われているので、何処かしらで数時間眠れればそれでいい気分だった。その上で、ショッピングビルと聞いた瞬間にデルタのテンションが最高値を叩き出したので、眠気に襲われたアルファ達は大人しくビル内のベンチでうたた寝をする羽目になったのである。
そしてつまり、寝入っている財布係から金を奪うのは、少なくとも同僚には朝飯前なのであった。

「オッサンどもはやっぱダメだね〜」
「おっ、お前…隊長に申し訳ねえと思わねーのかよ…」
「思わなーい!おチビ〜アルファの金でカフェ行こ、ホットケーキあるよ」
「ホットケーキ!?」

ふかふかの三段重ねの柔らかいホットケーキ。
四角形のバターが予熱でとろりと溶けて、香ばしくも食欲そそる匂いが立ち込める様を想像するだけで、ココロの欲張りな腹はくう、と小さく鳴いた。

「ホットケーキ…」
「うっ…で、でも金が…隊長のだし…」
「いいっていいって、どーせ溜め込んでるんだからたまに吐き出させないと財布も可哀想ってもんよ」
「おっまえ!自分勝手なことばっかり言…!」

ガンマが握り拳を作ると同時に、ココロは二度目の腹を鳴らした。小さな音ではあるものの、丁度二人の会話が止まるところであったので、しっかり耳に届いてしまう。
かあっと頬を赤くして、両手で腹を覆うように三角座りすると、ココロは首をブンブン横に振った。

「だっ、だいじょーぶ!なんでもない、よ!」
「………」
「…あのさあ」
「わ、わかってるよ。わかってるって…」

ココロを餌に流行りのカフェに入ってみたかっただけのデルタにしても、流石にこうなった幼児相手に「はい、言うだけ言いましたがやっぱお金ないしやめ!」とは言いづらかった。
暴れたり泣き喚いたりしてくれれば、いっそのこと我儘言うなと叱る手立てもあったが、元々ワガママ娘からは遠い存在な上にこうもいじらしく振る舞われては、ガンマとしては立つ瀬がない。

「…〜っ!ホットケーキだけね!」
「ガンマァ〜?」
「ガンマくん!」

一人と二匹は何だかんだと周囲からの妙に生暖かな視線にも気が付かず、アルファのもつジジ臭い皮財布を手にカフェの入り口に足を踏み入れた。
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