21

全員揃った所ではい解散、とはいかない。
特に、目の前を浮遊する女に対しては、聞きたいことが山ほどある。

「呪解さん、貴方には聞きたいこと…いや、聞かねばならないことがあります。
しかし、まずは、ココロと…おそらく、ガンマを助けてくれた事に感謝します」
「いえ…これも×××様からの、ご命令ですので…」
「それは…」

ノイズがかっているその名前は、間違いなく共通の主を指し示している。彼女自身の名前がレポート内に記されている様に、この記録は過去の日誌に近く、また我々をわざと彼彼女らと引き合わせているかの様にも感じられた。

「ふふふ…悩まれておられますが、主様は全能ではありませんよ」
「…アルファ、この女主サマの何」
「このシンオウを旅した際の…仲間、と言った所だろう」

トレーナーの手持ちは最大六匹。
勿論あの人がこのレポートに記された旅の最後まで、彼女を連れて行ったかどうかはまた別問題だが。

そう答えるより早く、デルタの腕は動く。
氷の様に冷たい一線は女の細い首を確かに捉えていたが、咄嗟に前に出て腕を跳ね返し切先を逸らしたアルファと、その一撃が届くより前に呪解の体を抱えて飛び退いた瑠輝のお陰で誰一人傷つく事なくその攻撃は押し留められた。

「油断も隙も無いな、お前はッ!」
「離せよ、あの女殺さなきゃ。僕の知らない主様の事を覚えている様な女は、許せない」
「やめろバカ!俺やココロちゃんの恩人だぞ!」
「知るか!」

アルファとガンマが二人がかりで地面に押さえつけても尚、デルタは血眼で呪解を見上げて歯軋りする。半分寝かけていたココロは突然の爆音に驚いて目を覚ましたが、ガンマからベータの腕に移されていた上にベータが「馬鹿が馬鹿やってらあ」と半笑いで言うので、全く現状が掴めず首を傾げるだけだ。

「サイッテー!!×××ちゃんの手持ちってこんな奴ばーっかり!頭のネジどっか外れてンじゃないの!?」
「それは同感」
「よせベータ!
…すみません、彼も主の事となると必死で。よく言って聞かせます」

こんな所で仲違いになって、情報が手に入らないのは困る。
アルファは内心冷や汗を垂らしながらも極めて冷静にそう頭を下げると、足元で未だに抜け出そうともがくデルタの後頭部を雷光輝く腕で目一杯殴りつけた。堅牢さにおいて四人の中で勝るものなしのデルタであろうが、アルファの簡易的な電撃嘴を急所に食らえば気絶は免れない。
うんともすんとも言わなくなったそれを、退いた先からガンマが抱えてココロの視界から遠ざける。

「…私はあの方にとって、特別な個人存在たり得ません。あの方が目を覚ました時、もし伝えられたなら、そうお願いします」
「ええ、分かりました」
「それより、聞きたいことあるんでしょ?
さっさと済ませて帰ろ、多分れっちゃん待ってるよ」

面倒くさいと顔に書いてあるまま、気だるげにそう言った後、瑠輝は呪解の腕を引いて帰宅を促す。しかし、気になるのはそこではなかった。

「れっちゃん、と言うのはあのリザードンの男ですね。
失礼ですが、三人は一緒に暮らしてらっしゃるんですか?」
「違う違う、これも×××ちゃんからの命令…ってのも違うな……。
うーん、近い言葉で言うならお願い?」
「お」

お願い、と言う言葉に絶句して、アルファは最初の言葉だけが思わず飛び出て、それから喉を引き攣らせた。
申し訳ないが、自分達の知る主とはかけ離れている。“お願い”だなどと、お優しい事を許してくれる人ではなかった。

「凄い顔してるね。
瑠輝達は×××ちゃんと一応主従ではあるけど、絶対服従じゃ無いし、嫌な事は嫌って言える立場だった。
それが普通じゃなくて、特別って言うのは結構後々知ったけどね」

なんか、色々悪どいことやってるし、と。取り出した飴を舐めながら、娘が呟く。
アルファの知る限り、主は悪どいことしかやっていなかったが、レポート内容を見る限りでは性格こそ変わらないまでも、確かに特別烈火に対しては目をかけている様に感じた。
無言のまま聞いているアルファに、瑠輝は聞く気があるのだと判断して言葉を続けた。

「帰るって言ったのは、瑠輝達がここにいると“巻き込まれる”から。
×××ちゃんは、これから起きる事に巻き込まれて万が一でも瑠輝達が命を落とすのを懸念して、そのレポートを頼りにやってきた相手と会ったらカントーに“帰るように”約束してたの」
「これから起きる事とは、一体なんです」
「詳しく知らない。レポートに書いたって聞いたし…。
あっ、それ瑠輝にちょっと読ましてくんない?いーでしょ?」

わかったら教えてあげるかもよ、と瑠輝が言えばアルファは断る術など知らない。
ベータが「本当に渡していいんですか?」と怪訝そうな顔をした。確かに、疑うことは簡単だが、信じるのは難しいものである。
ただ、ここでもたついた挙句、瑠輝が協力の手を引っ込めて、それこそそこで逃がした魚は大きい、となっても困るのだ。レポートには現状道標の役割があるとしても、それが正しいのかを見極めるには他人の手を借りねばならないのもまた事実である。

ペラペラとページを捲る彼女の運指には迷いが無い。
数十頁の連なりを恐らく、本当に詰まる事なくさらりと読み終えると苦虫を噛み潰したような嫌な顔のままアルファに返した。

「確かに、こりゃあ荒れるね」
「それはどういった…」
「イヤ!ここで言ったらマズイ!ちょーマズイ!瑠輝引き金引きたくない!」
「…ハア」

彼女の反応からして先に厄介な事が書かれていたには違いないが、言えない理由は皆目見当つかない。引き金ということはその“荒れる”と言った事柄の引き金なのだろうが。

(考えれば考えるほど、嫌な気分になるな)

眉間に寄ったシワを揉みながら、ため息をつくと瑠輝は流石に何も答えないというのも気が咎めたか、ボソボソと下を向きながら口を開いた。

「いやまあ、レポート通りに進むってのは正しいと思う。
何を選ぶにしても知らなくては、選択肢の意味がないし」
「選択肢…」
「そう、絶対。
近い将来君たちは選択しなくてはならない。大きな転機ってやつだ」

瑠輝はベータの腕の中に居る、主によく似た娘に手を軽く振った。少女はそれに、何処となく不思議そうに首を傾げつつも、手を振りかえす。

「だから君達は正しいとか、正しく無いとか、そういう事は考えず…。
ただ“それ”と向き合うことになったなら、後悔しない道を選んだ方がいいと思う」

事態が動くとして、多くてあと三人。
瑠輝は静かにそう呟いて、それからパッと表情を明るくすると「じゃあ、そう言うことで」と空っ風のように言ってのけてから呪解の手を引き去っていく。
取り残された男四人と少女は、最早先に進むより答えを知る術はなかった。
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