20

ヘドロの様に耳障りな声が細かに粘ついて離れない。
ガンマは舌打ちして何事か叫ぶ化け物を蹴飛ばして、淡々と家の中を探索する。
これは、ココロを一秒でも早くこの異形達から切り離さなければならないと言う使命感だ。

「何処だ!何処に隠した!!早く連れてこねえと手前らの腸ぶちまけて家中引き摺り回すぞ!!」

あまりにもあまりな言葉に、それでも化け物は緩慢に影を伸ばしてくる。周囲を異形な生き物に包囲されている事など露程も気にせず、ガンマはズカズカと影を踏みつけにしながら走り回っていると、漸くと助け舟がやって来た。

「まあ、すごい…と、いうか…ひどい…?」

そこだけ切り取られた様に眩い輝きに縁取られた女の姿に、ガンマは手を翳して光を遮りつつ眉間に皺を寄せながら「誰」と低くつぶやく。
もう少し冷静なら優しく声をかけただろうが、残念ながら今のガンマは最高に機嫌が悪かった。

「もう、彼らをいじめるのはやめて、現実に戻って来てください…ガンマさん」
「俺の名前、なんで…それに現実って…これ、夢か?」
「夢と現実の境目…でしょうか。
『彼女』が貴方に会いたがったから、無理やり引き摺り込まれてしまったみたい…ですね」

静かな語り口調にガンマはあまり疑う気持ちが持てずに、なるほどそう言う事かと納得した。間接的とはいえ自分が原因で死んだ相手なら、それこそ多分に恨みつらみもあろうと思ったのだ。

「あの子、私が浄化して取り込もうとしても、頷いてくれなくて、風化するまではここに留まってもらっていたんです…。
良くも悪くも、貴方が来てくれたお陰で、あの子の中の未練は無くなったみたい…ですね…」
「そっか、良かったって事でいいのかな」
「ええ。
貴方の様に“生者と死者”を選り分けて考える人は、取り憑かれ難くて、こちらも助かります…」

優しさは時に、死者を現世に縛り付けるものです。
彼女の言葉に、ガンマはそれを狙ったわけではないので、バツが悪く頬をかいた。


少し体を冷やして咳き込むココロを介抱しているうちに、先まで気配のなかった屋敷からまるで当然の様に出て来たガンマに三人は目を剥いた。
背後に呪解という女がいるにも関わらず、相変わらず気の抜けた笑顔で「たいちょお!ココロちゃん!」と駆け寄ってくるので大分気が抜けた。

「良かったあ、二人とも無事で〜!」
「お前こそ、単独だったろうに良くぞ無事で帰って来たな。怪我はないか?何か変わった事は?」
「ぜーんぜん!ちと閉じ込められたけど、何もなかったよ」

極めて明るく裏表のない答えに、アルファは意図せぬとは言え自分が置いていってしまった事に自責の念を抱いていたからか、ほっと息をつく。
彼の屋敷内での振る舞いを途中とは言え見ていた呪解としては、まあ思うところは無いでもなかったが、あれを気にしない図太さがあるからこそ体に穢れ一つない健常な状態なのは確かである。

「なんだ、つまんねえ」
「思ったより元気じゃん、少し怪我してくりゃ良かったのに〜」
「お前らなー!」

半笑いのベータに続いて、デルタも呆れ気味にそう揶揄する。
二人はガンマの言葉を鵜呑みにして、勝手に遊んでいただけだと感じているのだろう。少なくとも、その平和な勘違いを訂正する者は存在しない。

「う、うん…」
「! ココロちゃん!」

三人の姦しさに目を覚ましたココロが、目をこすりながら起き上がると、それを見てガンマは一層目を輝かせて駆け寄った。

「大丈夫?怪我ない?
離れ離れになってごめんね、怖かったよね」
「落ち着けガンマ。…しかし、無事で良かった」

アルファは目尻を下げてその小さな頭を撫でると、漸く言えたとばかりにそう呟く。
少女の方は比較的分かりやすく心配している二人の顔を交互に見てから、ガンマに視線を合わせた。

「ガンマくん、あのこは?」
「あの子?」
「くろかみのおんなのこ」

彼女の一言がまさに鶴の一声、周囲は一瞬で静まり返る。
幽霊か、あるいはただの夢か。
アルファが判断つきかねて、横目でガンマをチラと見れば、彼は笑みを崩さず少女に優しく語りかける。

「俺はあってないよ。
ココロちゃんはその子に会ったの?」
「うん。かしてっていわれたの。ちょっとだけだから、って」
「それにいいよって言ったんだ」
「うん」
「そっかあ」

優しいね、とガンマは感激した様に呟いて、彼女の体を持ち上げた。ココロはまだ寝ぼけ眼なのか、彼の言葉に嬉しそうな笑みを少しだけ浮かべたものの、それだけだ。返事をしようとして、くあ、と欠伸する。

「ガンマ……何もなかったんだな?」

再確認のためにアルファが問うと、ガンマは少しだけ目を見開いてから考える様に視線を額の上に向けると、矢張りそれ以上語ることないのか「ないっす!」と明朗に笑ってみせた。
prev | next
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -