18

風もないのに揺らめいて、ガスか人魂かと言う翠の影が漂う藤色の髪が、女の足元と同じ様にふわふわ浮いている。
ゴーストのポケモンが人型になると、こうして地に足つかぬものも居るらしい。
だが、アルファが見たことのあるポケモンの大概はもっと人に溶け込む為の姿を成していたので、何とも異様に映る。

「こんばんは、貴方が選任されたうちのおひとりですね」
「…主から任されたと言う意味であれば、そうです」
「と、なればあの方はもう……長く眠ってしまっていました…呪解しょっく、です」
「はあ」

なんだかまた独特なノリのお人だな、と相槌をうつと同時に、瑠輝と名乗った娘が「お礼もなし〜?」と随分間延びした声で吠えた。
最近会う金髪にはココロ以外に良い思い出がないな、と内心考えながら財布を取り出すと、彼女はうえ、と舌を出す。

「そう言う即物的な話じゃないの!誠意って事!」
「誠意とは詰まるところ金でしょう」
「いやまあ、それはそう…。
まあ普段ならね、うん…そーなんだけどお…。
今回においては、ショージキ瑠輝達がなんとかしてあげなきゃいけなかったところもあるし…。
君達はある種の尻拭いっていうかだから…」

むにゃむにゃと言い淀みながら続けられて、アルファはその趣旨は理解できないまでも、彼女もこの妙な主の巡礼の儀について知っているらしいことを察する。
彼女が知る経緯に関しての聞き取りは行いたいが、それよりも先にココロやガンマの安全の方が大切である。

「用意できるものは用意します。
唯、今は二人を助けることを優先して頂きたい。どうか、お願いします」

主が残したレポートの中にある可能性だけしか、今のアルファには縋れるものすらない。下げられた頭に呪解と瑠輝は思わずと言う様に視線を合わせると、彼の肩に手をのせた。

「大丈夫、必ず助かります」

呪解はそう言うとアルファを案内するように手招く。
なかなかのスピードだがポケモン同士ならなんの問題もない。
周囲も憚らず駆け出して数分のうちに、古い屋敷の前にたどり着いた。
家の周りをぐるりと囲む柵、その前にベータとデルタが立っていて、アルファは驚いて目を見開いた。


「お前達!」
「どーも。
話してた内容と擦り合わせてここに来てみたけど、こっちは進展ありませーん」
「…みたいだな」

中に入ろうとしたのだろうが、ベータの腕は鉄柵に阻まれたのか青い血液が滲んでいる。それにしたって、中々の出血だ。

「ベータ、その腕は」
「よくわからんですが、門が開かんので登ろうとしたら妙な干渉を受けまして。
…頭ん中引っ掻き回されたんで、目ェ覚ます為の気付ですわ」

つまり自傷である。舌打ち混じりのベータの言葉に、ゴースト特有の混乱や催眠の類か、と整理している間にも、先行していた女の姿が門の前にふらりと寄る。

「髢九¢」

耳障りなノイズ音が女の口から漏れると、硬く口を閉ざしていた門扉がギギギ、と重苦しい音を立てて開く。ベータが揶揄い気味に「呪い師か?」と呟くと、呪解と言う娘は目を細めて声もなく笑う。
しかし、その笑みもすぐに消えて、彼女は記憶に新しいあの扉の前に行くと開くでもなくスルリとその扉を通り抜けていった。

「…幽霊か?」
「彼女はミカルゲだ。俺達も追うぞ、離れるなよ」
「「了解」」


家の中は異様な雰囲気はあるものの、朽ち果てたと言うには真新しく、しかし油断ならぬと言う空気はない。ちょっと曰く付きなのだろうな、と言う程度の廃墟だ。大きな窓がカーテンで遮られる事もないので、月明かりさえあればきっともう少し明るいだろう。

「あの人、どこいったわけ?」
「分からない。だが俺達よりは中の様子には詳しいだろう」
「信用していいんです?」
「するしかないだろ」

答えに窮したと言う様子のアルファに、ベータは鼻で笑ってから先行するその背を追う。生きているにしても、死んでいるにしても、見つけてやるのは一応チームの面子なのだし、面倒でも仕方ない事だと。

大広間から抜けて分かれた廊下を進んで折り返し、また戻って来ると呪解と言う女が階段上から顔を出して手招きする。そっちか、と急足にその背を追う。
進む先の廊下、その一番奥の扉を指差すと、彼女は姿を消す。だがそんなことを気にする余裕もなく、扉の前に立つ。
こんな時でもクリアリングをせずに居られないのが、職業病である。扉になんの仕掛けもないと確認してから二人に目配せすると、アルファはその扉を蹴破る。

「…は、」

アルファの喉奥から漏れた呼吸はひとえに安心からくるもので、床の上にぎゅうと体を丸めて眠りこけるココロの姿を見留めたからだ。
デルタがゆっくりと寄って、彼女が正しく呼吸していることを確認すると、どっと肩の荷が降りた。
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