17

アルファが少年に連れてこられたのは、森の奥にある苔むした大岩であった。何度か通りかかったが、大きい岩だとしか思わず、ここに何かがあるとは気が付かなかった。
少年が苔むした岩をその手で払い、泥のついたそれを拭い取るとその岩の中に丁度ピッタリ嵌る大きさの要石が収まっていた。

「いまはねむってるから、こえをかけてさしあげないと」
「声をかける?」
「ミカルゲは三十二の声を聞くと、その産声を上げると申します」
「…そんな時間はないぞ」

すぐにでも目を開けて、探してもらわねばならないのだから。焦りをあらわに呟くと、そうは言っても親子にはどうする事もできはしない。
視線を合わせる三人に沈黙の帷が降りると、狙い澄ましたように森の奥から誰かが木々を分け入ってやって来る。誰だと思い構えるアルファだったが、顔を出したのが主を思わせる若い金髪の娘であった事に面食らう。

「こんな夜更けに騒がしいと思ったら、×××ちゃん絡みとか…死んでもチョー迷惑って感じ」

瑠輝ちゃん、面倒臭いのきらあい。そう呟いた女の名前に、あのレポートに書かれたピカチュウの名を思い返して、アルファは思わず頬を引き攣らせた。



外を出てからのガンマはそれなりに大変ではあった。
端的に言って、ガンマの体は戦いに特化して作られているためか殺気や攻撃に対して過度な防衛を本能的に行う、何とも耐え難い悪癖があった。
ウオノラゴンと言う生き物が野生で存在しないことから、その不格好な宙吊り頭に周囲のポケモンは警戒し、トレーナーと思わしき者達も物珍しさからちょっかいだけかけて去って行く。
その誰とも相入れることがないと言う孤独は、ガンマの心にはよく効いて、それがまた不安定な精神状態から彼の中にある凶暴性をより高める結果となってしまった。

「そんな時かな、あの人と出会ったのは」
「あのひと?」
「うん、教会のシスター」

木の窩で眠っていたガンマを杖で叩き起こして、シスターは早口に捲し立てながら気圧されてノロノロと着いていくガンマを教会に招き入れた。
教会と言っても殆どボロ屋で、彼女もシスターとは言うものの片手に杖、もう片方に煙草を吹かす聖職者モドキの様な人だった。

「とにかく、もう超がつくくらい元気な人でさ」

『暴れるくらい元気が有り余ってんなら、アタシの仕事の手伝いしな』

そう言った老婆の勢いは命令され慣れたガンマにはいっそ心地よいくらいで、どうせ逃げ出したとはいえ何か使命感を持っていたわけでもなかったので、三食つくならむしろ高待遇と彼女の元で暮らす様になった。

「昔は村があったけど、大きな雪崩のせいで無くなったんだって。
教会は、その村の生き残った人とその子ども達を面倒見る為に、シスターだけが残ったって話してた」

『金にもならないし、だからって放っておくのも外聞が悪いってんで、アタシみたいなのが此処にいるわけさ』
『墓場に片足突っ込んだ老婆に頼み込むなんて、相当面倒だったんだね』

彼女の笑い混じりの言葉を聞きながら、ガンマは芋の皮を剥いたり、子ども達の世話をしたりしたものだ。暫くおっかなびっくり原型姿で居たものの、箒を持つのですら元の姿では上手くいかないのだから、彼女に世話になり始めてから数日のうちに人型を取る様になった。
そこからは、半年ほど誰に何をされるでも無く、戦いに向かう事も、同族が死に絶える様を見る事もなく、いっそ恐ろしくなるくらいに平穏を謳歌していた。
そうして、その幸福が続く事も疑わなかった様に思う。


「…ガンマは、きょうかいでのくらし、しあわせだったんだ」
「うん。すごく幸せだった。
シスターは勿論、村の人もよくしてくれたし、子ども達も俺のこと怖がらずに接してくれた。
…今みたいに、話をたくさん聞きたがったりもされた」
「でも、はなさなかったでしょ」
「だって、俺の過去なんて詳細に語ったら、絶対怖がらせるもん」

子供たちには、楽しいことだけ知ってて欲しいんだ。
ガンマの祈る様な言葉を聞いて、少女はゆっくり瞬きして体を寄せて「ばか」とつぶやいた。



「瑠輝、別にどうだっていいんだけど、れっちゃんや呪解ちゃんは気にするだろうしね」

今回は同じ電気タイプの誼ってことで、今回は助けてあげる。
金色の髪をした少女は、なんだか面倒くさそうにそう言った後要石に向けてパリ、と小さく電気を放った。それは攻撃ではなく、唯の合図の様であったし、そんな小さなもので目が覚めるなら自分が持った時に目が覚めたのでは無かろうか、と言う疑問もあった。
しかし、そんな考えに反して要石はその瞬間にアルファの手から文字通り飛び出して、草の上で一回転すると澄んだ藤色のゆらめきの中から女の瞳が煌めいた。

「おはよう、ございます…るきさん…」
「ん、おはよ。相変わらずおねぼーさんだね、呪解ちゃんは」

早速だけど、お手伝いお願いして良い?
そんな少女の言葉に、目の前の女は驚きに固まるアルファを置いて親子に軽く手を振ってから、まるで当然の様に頷いてみせた。
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