16

助け出した少女を腕に抱いて、行き場もなく廊下を歩き回る。
最初こそガンマは窓ガラスを割ろうと腕を振るったり、椅子を投げつけたりしたが、音に気がついた影が追ってきたり、少女の表情があからさまに陰ったりするのを見て止める。
何せ、どんな耐久度なんだと怪訝に思うくらいに、殴りつけた窓はヒビの一つも入らず仕舞いだ。自分の力が弱まったのか、と少し気落ちするがそのまま立ち止まっていればそこいらを彷徨く影にまた追いかけられてしまう事だろう。

「外に出て、隊長達と合流さえ出来れば…」
「ガンマくん、あっち」
「あっち?」
「かくれよ」

早く、と袖を引かれて言われるまま一室に滑り込む。
相変わらず何処もかしこも薄暗く、嫌に埃っぽくて息をするのも煩わしいくらいだ。
いくつか見た部屋と違うところがあるとすれば、妙にものが多くて狭苦しいくらいだ。

「ここ、そうこだから、みつかりづらいとおもう」
「そうなんだ…よく知ってるね」
「ん、さっき…ゆうれいがいってた」

彼女の言葉を聞いて、ガンマは不思議な気分になりながらも成程と納得する。距離からすれば確かに言葉が聞き取れないほどでは無いし、言葉がわかるならこの娘は問題なく安全な場所を割り当てる力量もあるように思えた。この子はとても賢しい子だから。
けれども、優しくて賢いからこそ、何でも抱え込んでしまう危うさが確かにあって、ガンマは年下の小さな娘っ子の事をじいっとみた。

「怖かったでしょ。大丈夫、絶対出られるからね」
「うん」
「隊長も無事だよ、絶対」
「…うん」

不安なのか、少女は額をガンマの鎖骨下につけてゆっくり息を吐いた。せめて夜が明ければ、周囲の様子が見え易くなることだろうが。

「ねえ、おはなしして」
「話?おとぎ話みたいな?」
「ううん、ガンマくんのはなし」
「俺の…?」

聞きたいな、と。
何故そんな事を言うのだろうか、ガンマは自分の過去を振り返る事は時折あったけれどそれを誰かに共感して貰いたいと思った事はなかった。だから、生きてきた四年の間自分の過去についての話をした事はなかったし、同じ様な立場であろうアルファを含む仲間達とも、そんな話をした事はなかった。
別に隠していた訳ではない、ただ痛くもない腹を探られるのが嫌だっただけだ。

「話すのは、まあ構わないけど…面白くはないんじゃないかな…」
「ううん、たのしみ」

果たして、命の危機とまで言わずとも危険が目鼻先であるに関わらず、こうして呑気に昔話に花を咲かせていて良いものかとガンマも思案する。
が、動くに動けぬ状態で、この小さな娘の恐怖心を少しでも削げるならばそれに勝る事はないだろう。そう思い至ると、ガンマは矢張り「大した話では無いけれど」と前置きしてから緩徐に口を開いた。



ガンマの産まれた場所は、言ってしまえば主である男の研究施設であった。
大元となった化石のポケモンが過去、どの様に生き、どの様に死んだか。それは全く今世に生きるガンマの思考の端にすらかからないものであったが、同じ様に生まれたウオノラゴン達の中にはそう言った過去や未来に想いを馳せていた者も多くいた様に思う。

「ガンマくんは、おんなじポケモンがいっぱいいるとこで、うまれたんだ」
「うん。俺の主は強いポケモンが欲しいだけだから、その中から絞って絞って少数精鋭の部隊を作りたかったんだってさ。
今いる部隊の俺以外のやつら…隊長とか、まあベータとかデルタとかも同じ感じだと思う。聞いた事ないけど」
「ふうん」

同じポケモン同士で競わせて、個体値と呼ばれる才能以外にも、運や戦いに必要な“何か”を持つ者を選ぶ。有り体に言えば簡易的な蠱毒だ。
主たる男は偏執的なまでに強さと、それに付随する“何か”を求めていた様に思う。ココロと言う存在がその妄執の末に辿り着いたものだろうと、ガンマは何となしに考える。デルタの言葉を借りるではないが、あの自己愛を人の形に固めた様な男が、普通に愛した女と子を成して…と言うのは考えにくかった。
自分で聞いた割に存外興味の無さそうな相槌に苦笑いしながら、ガンマは小声で言葉を続ける。

「生まれてすぐ訓練や、同種との打ち合い。あと、一応主から命令が降りてきたらそれを受けて…つまんないだろ?」
「…うん。ガンマくん、いつころおそとにでるの」
「えっ?
…うーん、外に出るのは多分二年くらいしてから、かな」

仲間を敵として見做したり、戦場に多く身を置いたり。段々何故こんな事を繰り返しているのかなどと言う疑問すら抱かなくなって、仲間が死んで行くことも、自分が敵を殺す事も、全く厭わなくなった頃のことだった。

「後から聞くに事故だったらしいけど、施設の壁に穴が空いたんだ。
ぽっかり…多分三十センチくらいだったかな。普段は俺達技が使えない様にされてたんだけど、機材の故障で技が暴発して。
そんで、外が見えた。太陽と草木と土と、後なんだろ…何だったかな、あの時俺が感じたのは。まあでも兎に角、そう言うのが見えた瞬間に『あっ、此処から出よう』って思った」

井の中の蛙大海を知らず、と言う諺がある。正しくそれであった。
ガンマは閉鎖的な空間に押し込められ、その中のルールに縛られ絶望し、心も枯れる寸前であった。だが、外界という大海に触れた瞬間に、彼の中の“もしや”と言う気持ちが足を動かした。絶望し切った同族であれば決して外には出なかっただろうし、あの時脱出したのはガンマだけだった事を考えれば、彼の心持ちや其処からの判断は異質ではあったのだろう。



<洋館の前、森で出会った少女はこの辺りのゴースト達を収めるミカルゲの娘らしい。
呪解と呼ばれた娘は、あきらかに母親よりも強い力を持っているのが見てわかる。彼女の母がどんな理由でその名をつけたかは知らないが、私からすればこの呪いを解いて普通の娘として育つなどというのは、あまりにも勿体なく映る。>

<彼女の力は素晴らしい。是非欲しいと話せば烈火や瑠輝は訝しんだようであったが、当人は迷いもせず頷いた。
あまりの即決に何故かと問えば「これも天命である」と答えた。
彼女の母親が言う、“娘にはあらゆるものが見える”と言うのは、あながち冗談ではないらしい。>


「この辺りにミカルゲの雌が居ないかだって?
…さあ、どうだったかねえ」
「…そうですか」

メモを見て藁にもすがる様な思いで探索をするアルファは、夜分に何度目かの聞き取りを行いすげなく返されるのを繰り返して、約二時間が経とうとしていた。
この調子なら聞き取りをしている間に、朝がやって来るだろう。もしそれで何ともなくココロとガンマが帰ってくるなら良いが、誰がその楽観的な考えを肯定できると言うのだ。
夜の活動時間に邪魔をされたと顔を顰める親子に、アルファは頭を下げてから去ろうとすると、母親の足元で小さくなっていた子供がふと去ろうとするアルファに声をかけた。

「ねえおじさん、なんでさがしてるの?」
「ボウヤ!」

少年の口を慌てて塞ぐ母親は顔面蒼白だ。何かを知っているようなその口ぶりは、アルファの心を急かしたが、向き直って少年の澄んだ目を見れば無理に口を割らせようなどと言う気は起きない。

「…仲間を助けたい。
そのミカルゲなら、仲間を探し出せるかもしれないから、探している」

素直にアルファが答えれば、少年は少し考えた後「わかった」と返事をして、母親に何やら耳打ちしてからアルファ袖を引いた。彼の母親は、困惑や心配を色濃くした表情ではあるものの、今更ここで何もなかった様に振る舞う事はできないと踏んだのか、無言のまま森の奥へと進んだ。
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