15

※薄らホラー要素


「…ここ、どこ?」

目を覚ました先にあったのは、見慣れた男の二の腕でもなく、白いシーツでもない。
全ての事が夢幻で、本当は烈火と共にあのカントーの小島で暢気に過ごしている訳でもない。暗い部屋の一室の床で寝転んでいた少女は、頬についた木目跡をこすりながら起き上がると、くるくると体全体で周囲を眺める。

「アルファくーん!ガンマくーん!」

大きな声を出して必死に知り合いの名前を呼ぶが、声は闇に溶けて誰の耳に届くこともなく消えてしまう。
二度、三度と繰り返しても何の返事もなく。数えるのも虚しくなるほどの数を叫び続けた少女は、ついに息を切らして膝を抱えてしまった。

「れっちゃん…」

父親の様に慕うリザードンの名前を呼んで、鼻を小さく鳴らした。ぐずぐずになった目元を擦り、無理矢理涙を止めようとするが、そんな粗雑な方法で止まるはずもなく。
暗い部屋の中で一人ぼっちになってしまったこともあってか、少女はどんどん気落ちして、この世界でたった一人の気分で打ちひしがれていく。

「いいこじゃないから、すてられちゃったのかな…」

きっと嘘をついたりしたから、鉱山に勝手に入ったりしたから、みんなを困らせたからこうなったのだ。
悲しくて悲しくて、どんどん涙が溢れ出てくる。

「いらないこなんだ…」

邪魔っけなんだ、いつもそうだ。
だから誰も助けになんてこないんだ。
俯いたまま此処で根を張って、一人寂しく死んでしまうんだ。
誰に言うでもない自分の末路を想像して、口の中で噛み締める様に呟くと、目を閉じた。



「そんなワケないでしょうが!」

俯いた少女の目の前に、突然光が差し込む。
とは言え、小型の手持ちライトが元の灯りだが、それでも暗闇になれた目では太陽光の様に眩しく見えた。思わず顔を逸らして光を遮ろうと腕を翳すと、漸くその光の中にある男の影を見つけて驚いた様に「ガンマくん!」と声を上げた。



ガンマが目を覚ましたのは眠りについてから約一時間ほど経ってからのことであった。
普段の眠りは深く、滅多なことでは目覚めない。では何故、今は短い間に目が覚めたか。

(静かすぎる)

あまりにも、音がない。
ガンマとて長い間戦場を駆け抜けた戦士である。アルファが老人の足音の違和に気がついた様に、彼も同じく自分達を招き入れた男の異様さには気がついていた。
ただ、相手が足音を消すに長けた手練れでも、遅れを取る気が無かったし、アルファもそうだろうと察していたのだ。しかし暫くしても隊長の軍靴の音が拾えず、数多に動く気配があるのに音がしないことからして、成程これは『別の理由がある』のでは無いかと察した訳である。

足音を消したり、気配を消すのはこちらの専売特許。口喧しく目立つ色合いから勘違いされやすいが、ガンマは正しく戦いのプロである。
自分が人型になれる理由は、靴を脱ぐことで音をさせずに廊下を渡ることができたり、或いは体躯を陸上に適した形にすることで周囲に溶け込み、潜入及び戦いを有利に進めることができるからだと信じてもいる。

「縺ゅ>縺、縺ゥ縺薙↓陦後▲縺滂シ」
「縺輔≠?」
「譌ゥ縺剰ヲ九▽縺代↑縺?→」

(なんだ?なんて言ってる?)

ラジオのノイズが乗ったような声と、生気の薄い声色、気配はせれども姿は見えぬ。
恐らく死人のそれだろうと察して、軽く窓に手をかける。ガンマが力を入れてもびくともしない、王道のホラーハウス的展開だが最早そんなものに恐れを抱く程ガンマと言う男もウブではない。

(隊長が近くに居れば居場所を教えてくれるだろうし、分かり易く分断されたな)

部屋の構造が軟体生物よりぐにゃぐにゃと入れ替わり、既にガンマは元いた場所に戻ることすら儘ならぬだろうと先を進む。一つ一つの扉に耳をつけて、人がいない様であればゆっくり戸を開けて。藪を突くような真似とは言え、虎穴に入らずんば虎子を得ず。
外に出るにしても、仲間を探し当てるにしても、探索をせねば前にも後にも進めぬのだ。

そうしていくつかの扉に耳を欹て、時に覗き見て、ようやっとこの少女を見つけたのであった。

「大丈夫だった?怪我は無いよね?」
「うん!」

抱き抱えた少女の重みにほっと息をついて、ガンマは先まで泣き虫モードになっていた彼女の背を軽く撫でた。




「その妙な館、森の洋館とか言う心霊スポットと違いますか?」

ベータが地図を片手にそう呟くが、アルファは緩く首を横に振る。
観光案内地図に載せられる程度のホラースポットなら、ああはなるまい。勿論、何の因果関係もないのかと問われれば、それは分からないが。

「見つかるかどうかはともかく、因果関係の有無は確かめておいた方がいいんじゃない?」
「そうだな、確かに…今の所俺達にできるのはそれくらいだ」

デルタのフォローに近い言葉に、アルファは側にいたのに簡単につまみ出され何も出来ずに此処にいる己に、正直歯痒く思いながらも頷く。
と同時に、レポートの存在とデルタが告げた仮説の話を思い出して二人に「少し待ってくれ」と声をかけてからそれを開いた。


<ハクタイの森は暗く、シケた臭いがする。
それなりに広大であるが、ある程度人の手が入った道を通れば迷う事はないだろう。トレーナーの年齢は十代そこいらが多く、対ポケモン相手の身の危険は手持ちのポケモンで何とかなるとして、遭難騒ぎに関しては強さではどうにもならぬものである。>

<瑠輝はカントーの出身らしい。
では何故シンオウに、と問えば「父親が、何か困った時はシンオウを尋ねろと言った」と返ってくる。
成程、父親の名前を聞けば彼女に何故名前があったのか理解できた。彼女の父親は嘗て自分の手持ちだった男である。
体に埋め込まれた電気玉の火力から、あの頃はなかなか重宝したが、故郷に帰って娘をこさえていたらしい。
彼女の父・殊羅は大変人好きする男であったし、人文化には好感持っていた。だからこそ名前を付けるなどと言う人のようなことを娘にもしてやったのだろう。>

<適当に森の中を道なりに歩けば、出口の付近に一軒の館があった。幽霊屋敷だ何だと言われるが、蓋を開けてみればただのゴーストポケモンの巣窟である。
時折人のものもあるが、だからと言って何か不便があるわけで無し、恐れることもない。
烈火は幽霊というのが苦手らしく、自分より背丈の小さな瑠輝に隠れて足を震わせている。その辺りの心持ちに関しては改善の余地有りだ。>

大した内容はない、少なくともヒントになるような事は。
そう考えて次のページをめくった後、アルファは一瞬呼吸を止め、二人に視線を上げると「何とかなるかもしれんぞ」と呟いた。
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