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家の様相は控えめに言って豪邸、と言った雰囲気であった。
クラシカルな洋装の外観はさる金持ちの別荘か、若しくは隠居した老紳士の隠れ家と言われても、なるほど納得させられる。

「…いっ、入れてもらえるかな」
「子供がいるんだ、彼女だけでも火に当たらせてもらえれば構わんだろ」
「へぷっ!」
「わ、びっくりするくらい可哀想…早くあったまらないと風邪ひいちゃう…。
夜分遅くにすみませーん!雨宿りさせて欲しいんですけどぉーっ!」

お得意の大声と一緒にドアノッカーを掴んでガンマが戸を叩く。
生々しい腕の形をしたそれを遠慮なく叩きつけると、暫くしてから扉が開いてヒョロリと長い体躯の好々爺が顔を出した。カンテラを片手に出てきた男は、こんな時間なのに黒いスーツを身につけている。衣服からして執事だろう。
アルファはそう断定つけながら、軽く会釈をしてから口を開く。

「この様な時間に申し訳ないのですが、この大雨で参ってしまい。男二人だけならいいのですが、この様に小さな娘もおりまして。
出来れば、火に当たらせていただけませんか。朝になれば直ぐに出てゆきますので」
「それはそれは、道中さぞお寒かったでしょう。どうぞ、御入り下さい」

ぎい、と扉の留め金が軋む音が何ともおどろおどろしく、アルファは有難い申し出だと感じつつも警戒心にか眉間に力が入る。
ただの老人であればこうも違和感を抱かなかったろうが、彼の余裕のある歩きには隠しようもないおかしな部分があった。

(足音がしない…)

通された家の廊下は確かにカンテラでも持たねば足元もおぼつかないだろう暗さがあり、足が見えない。
しかし、同じく歩くアルファの足は薄暗闇の中で確かにそこにあることはわかる。勿論、闇に溶けやすい執事服では、とも思うがそれにしても、だ。

(いや、そもそも家の明かりで此処に気がついた筈なのに、何故家の明かりが今ついていないんだ。
この家を見つけてから此処に来るまで、数分と経っていない筈だぞ)

外側だけに光が漏れる様に作られた窓などない。
否、そもそも至る所光を遮るためにカーテンがつけられているのに、閉められていないのが妙である。
そこでふと、アルファはその考えを逆にしてみるのは如何か、と思い至る。つまり、光は漏れてしまっていたのではなく、光を外に見える様にしていたと考えるのだ。人が通る際に危険がない様に、街灯と言うものが存在する様に光があると人の心は少なからず安心を覚える。
生き物とは闇の中に何が潜むかわからない恐怖、危険から、無意識に光の当たる視界の良い場所を良しとする傾向があるのだ。
つまり、そこを考えれば、迷い人をわざわざ招き入れるために光を付けていたと考えるのが道理。

(それこそ、誘蛾灯のような…)

そう思いつくと、途端に腕が重くなる。ハッと気がついた時には既に遅く、腕の中にはココロではなく同じくらいの大きさの岩が収まっていた。
側を歩いていたガンマの姿もなく、何なら迎え入れられた筈の家の中ですら無い。あの月明かり一つないあの、薄暗い森の中である。

「アルファ隊長、探しましたよ」
「は〜あ、疲れた。ホントどこほっつき歩いてたワケェ〜?」
「…ベータ、デルタ。ここは、ハクタイの森か?」

我ながら最後に思い浮かべた単語が不穏過ぎる。
ピリとした張り詰めた空気に、ベータとデルタの表情は直ぐに引き締まる。揶揄いと悪態に混じった言葉は、隊長の遊びのない一言で全て一瞬で飲み込めるのが部下である。

「ええ。
丁度今から一時間ほど前に隊長を含めた三人が突如消え、デルタと共にここいら周辺を探索していました」
「森にいるポケモン達に聞き取りもしましたけど、これがぜーんぜん。
逆に何でこうも“目撃証言が無いのか”不思議に思ってたんですが、本当に何してたんです?」

それに、ガンマは兎も角チビは?
デルタがそう問うとアルファは自分の抱えていた石を下ろしてから、地面に触れる。生い茂った草の隙間に指を差し入れ、土に触れればそれなりの湿り気は感じるが、逆にいえば草木には露一粒ついていない。

「二人とも、直近の天気は」
「ずっとこの月のない暗闇のままですが」
「そうか…」

じっとりとした脂汗がアルファの額に滲む。
最早予感ではなく確信にかわりつつある。緊張とも困惑と近い空気が三人の間に沈黙と共に流れ、立ち上がったアルファの追い詰められたかの様な表情に「もしかして、ヤバい?」とデルタが努めて明るくしようとして、ひっくり返った声で問うた。



「あれ、隊長?」

ほとんど横並びに歩いていた筈のアルファが、何故か居なくなっている。
ガンマはそれに気がついて執事に言葉をかけてから足を止めると、周囲をキョロキョロと忙しなく見回して、時折おおい、と声を上げた。それでも返事は返ってこず、困った様に頭を掻く。
アルファは此処ぞと言う時、的確に指示を出してくれる司令塔である。主の代わりに、と言うよりかは、主の意思を汲むのが上手い人だから、とても信用している。
無口だが冷徹でなく、いい加減なところはあるが乱暴ではない、底抜けに真面目な男である。

「どこ行ったかな…何も言わずにうろうろする人じゃないんだけど…」

どちらかと言えば、こう言う場合はガンマの方が珍しさに無遠慮に視線を彷徨わせ、アルファから叱責されるのがいつものパターンだ。
背後を振り返れば、続いているはずの廊下すら暗闇に溶けて消えている様に見えて、前を歩く老爺におずおずと二度目の声をかけた。

「すんません、隊長がいなくなっちまって…少し探しに行きたいんですが…」
「隊長?
…ああ、先ほどの強面の旦那様のことですか?」

あの方なら、丁度あの娘さんが花摘みに行かれたのに、付き添われてますよ。
老紳士がにこやかにそう言うと、ガンマは「なるほど、そう言うこともあるか」等と妙に靄がかった思考で納得した。

「客室がありますので、今夜はそちらで寝泊まりされてはどうでしょう。
明日の朝経たれる際には、奥様にご挨拶なさってください」
「明日?」
「ええ、もう奥様は眠られておりますので」

夜分に尋ねてきたのはこちらで、家主に許可を得ずに好意で寝泊まりさせて貰えるのだ。これ以上ない高待遇である。
ガンマは今此処にいない隊長の分もと目一杯の笑顔を作ってから感謝の意を述べると、彼は目元の皺を深くして「いえ」と会釈した。

(隊長もココロちゃんも、早く返ってこねえかなあ〜)

まさか、アルファが迷子になる筈はない。そして隊長が付いていながら、少女に危険が及ぶはずも無い。
ガンマはそう少しばかり呑気に構えながら待つうちに、うとうととベッドの上で微睡んで、数分のうちに眠りの世界に誘われてしまった。
離れた同僚も、小さな娘の焦燥も、眠る彼には今は知る由もないのである。
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