13

すっかり気落ちしたココロを前に、ムディーアはゆっくりと歩み寄り、その手に確かにあの欠片を握らせた。

「あ、ありがと…」
「何、お前自分で『これは私のだ』と言ったろう。礼はいらん」
「うん…」

ココロは殊勝な態度でそれを受け取り、抱きしめるように握り込む。美しいからだとか、幼さ故の執着と言うのも違う気がして、アルファは先の話を思い出しながら、彼女と主との間に嫌な辻褄の合い方がするのを嫌って思考を停止した。

「それが何かわかるか、小娘」
「? わかんない」
「何故それが欲しいかもわからんか」
「…わかんない」
「恐ろしいか」
「………わかんない」

声色だけ優しく、ムディーアは少女に語りかける。ココロは彼の質問に気丈に振る舞うが、最後の質問にはとうとう我慢ならなかったのか、その空のように美しい瞳に涙の幕を張った。

「何かをお話しになりたいなら、持って回った言い方はよして下さい。
幼子相手に言葉責めにするならベータと同じだ」

いとけない娘には酷なことばかりが降り積もる。すっかり父親気分か、と引き合いに出されたからかそう悪態つくベータを他所に、アルファの強い眼差しに彼は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに口元を緩めた。

「では隠さず言う。
その娘が翡翠の欠片…いやもう隠し立てする必要もないか。
その“アルセウスの光輪”にある装飾の欠片は、お前が盗んだものだ。小娘」
「…わたしが?」
「正確にはお前の元となる人間か。
便利だな、化学というのは。俺も学んでその利便性を感じるよ、能く能くな」

お前の体が、過去の罪を雪ぎたがっているのだ。
淡々と告げる言葉には悪意なく、ただ真実だけを告げているような、そんな音だけがあった。

「それは、彼女はあの人のコピーだと?」
「難しい問題だな。
同じ種でも土が違えば花の色や形も変わるだろう。遺伝子は同じでも同じになるかは、それこそお前達次第じゃないか?」
「彼女をあの人の代わりにしろと?」
「違う。彼女を“そう”したいのは、俺では無い。
お前にも分かるはずだ」
「…何を、」

馬鹿な、と言いかけて、ではレポートの内容に沿って動く理由について考えると否定ができない。何より、レポート自身もまるで、生きているように書き記した何かを隠したり見せたりする。
それが何者かの意思だとするなら、間違いなく主の意思だ、と。

「…あの人は、ただの人間だ」
「アレは人間性をかなぐり捨てて力を求めた結果、死んでも死から逃げる臆病者よ。
人間にしては少々、いやかなり、タチが悪い」

あまりの言い草に大人しく聞いていたガンマの眉が怒りに持ち上がるが、アルファが「どう言う意味だ」と低い声で何とかといった風に怒りを抑えているのを見て、大人しく次の言葉を待った。
結果盛んな若者を眺めて、傍観を極めていたサフラは代わりに静かに口を開く。

「彼は、先ほど話した物語のように、神に呪われている。
呪いは死んで尚続き、結果として死んでも死ねないのが×××と言う男だ。
ああ、名前が聞こえなかったかい?
そりゃあ呪いの証だよ。このまま奴さんが死に絶えるか…もしくは蘇れば、またその名前を呼ぶ機会が出来ることだろうが」
「蘇る、か」

ベータは別に感慨もなく、そう吐き捨てた。
デルタが気絶してなければどれほど喜んだか知れないが、残念ながら現在ここにいる者たちは手放しに彼の生に喜べる程呑気でも無い。

「このレポートの通りに進むことが、その復活に関する手がかりと考えて良いのですか?」
「そう考えて良い…が、流石にこれ以上話すのはフェアじゃ無いな」
「それは、」

何に対しての、とアルファが問うより先に「進めば自ずと分かるさ」と煙に撒いた。話す気は毛頭無いらしい。

「今は存分に旅を愉しみたまえよ、諸君。
サフラ、皆お帰りの時間のようだ。案内して差し上げろ」
「はいはい、構わんが俺はお前の召使じゃ無いぞ〜」
「おや、なんだったか」
「俺はお前のお兄ちゃんだ」
「待ってくれ、話はまだ…!」

下手をすれば全てのことを知っていそうな口振りの癖、急に冷静になると早口に捲し立て、気絶したデルタ共々軽口ついでに外にほっぽり出された。
ぽかんとしていれば、サフラが大口を開けて「大変だなあお前ら」と何の気も入らない雑な哀れみをむけて、軽く手を振った後扉を閉めた。

「んだよ、あの態度ォ〜!」
「…今からでも遅くねえ、サクッとやっちまいますか隊長」
「馬鹿言え、サクッとやられるのは俺たちの方だぞ」
「うう〜ん…」

衝撃に頭を抑えながらデルタが目を覚ますと、のろのろと男達は発電所を跡地を後にした。何だかここに居続けても腹が立つばかりであったので。


ソノオに戻るより、目的地に近いからと、夜更けにハクタイの森に足を踏み入れたのが悪かったのか。或いは、これも何かの力によるものか。
アルファはすっかり月明かりひとつない森の中で、この迷いの森に導かれる様に分断されたことに頭痛がする思いであった。普段、決してこんなことにはなり得ないからこそ、あの炭鉱での出来事にも自分にはどうにもできない大きな力が働いていると考えるしかないのが腹立たしいことであった。
そもそも、あの短い時間で炭鉱奥深くに二歳児一人で向かうには、歩行速度が足りなさすぎる。

(神の導きとやらなのか、それとも本当に、主の…)

悩むうちにどんどんと木々の隙間から見える空にも、同じく雲がかかっていく。
気温の問題か、段々霧まで濃くなってきて、ココロはアルファの腕の中で小さくくしゃみをする。現在アルファとガンマ、それからココロの三人だが、せめて人間の少女だけでも暖をとらせてやらねば。
しとしとと雨が降り出すと、自分の帽子とコートをココロに被せて一時木の影に体を収める。が、寒さは凌そうもない。雨の中でも比較的元気なガンマが、木陰から出て彷徨き始める。アルファが体力消耗を懸念する声をかける前に、彼はものの数分で明るい表情のまま駆け寄ってきた。

「隊長ォ!雨宿りできる場所みつけた〜ッ!」
「何?」

先までこの辺りには何も、と言いかけたが、確かに此処からでも窓越しに煌々と灯りが漏れているのが見える。こんなに明るいのに、先までどうして気がつかなかったのか。
どうにも怪しく、本来なら此処で待機した方が良いと言葉をかけたろう。しかし、腕の中で少女の体が寒さで震えたのを感じ取ると、アルファはガンマにアイコンタクトを送るとその家へと近寄っていった。
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