12

「…話を聞くに、そう焦ることはないんじゃないかね?」

沈黙を切り裂いたのは、サフラの静かな声だった。
その提案は外野だからこそ言えることで、特段このことに対して手探りなことに苛立ちを抱くデルタに一瞬で火をつける。

「外野がさァ…やめて欲しいよね、軽々しくそう吹かすの」
「何がだ」
「僕らは主サマの命令が一番大事なの。
主サマが何を求めてるか探るのはあくまでも命令を遂行する為であって、それそのものを知る為ではないの。
ココロがその命令の根幹を握っている可能性がある以上呑気にしてる場合じゃない、わかる?
僕らは汗水垂らして主サマに貢献しなくちゃ、生きてる意味なんてないの」
「死んだ相手に何を貢献するんだ?」

サフラの言葉には哀れみも嘲りもない、ただ疑問だけが浮いているような声色で、それが更に腹立たしく。
握り拳がギチギチ音を立てて、握り込んだ先から内側に突き立てられた爪が食い込んで血液がボタボタと落ちて行く。
青く色ついた液体が床に落ちて、足元に水溜りを作る。

「ムカつくんだよ、何もかもわかったような顔しやがって…!下に見て…!僕は、僕は…!」
「落ち着け、デルタッ!」

襟首を掴んでサフラに怒鳴りつけるデルタは、正気の沙汰とは思えない。金切声のヒステリックな怒声と、泣きそうに歪んだ瞳が、彼が心の中で押さえている何かを今にも押し出してしまいそうで、アルファは慌てて彼を羽交締めにした。
デルタは誰よりも、主に傾倒している。それは最早崇拝で、健全な精神ではないながら、彼は主への愛で心の平穏を保っていた男だったので、その愛の受け皿が突然なくなればこうもなるものである。

「僕は、あるじさまのために…あるじさま…あるじ、さま…」
「分かってる、みんな同じだ。俺たちは、同じ目的のために動いてる。それだけは確かだ」
「うん…うん…」

息を荒げて何度も主を呼ぶデルタの背を、アルファは静かに撫でてやる。精神的に不安定になる時は、こうしてやらねば。
本来は、これは主の役目だが今はもう此処にはいない。大した結果は生まれないだろうが、叫びすぎて酸欠になっているのか、彼は朦朧とした状態でふらふらとアルファの腕の中で気絶した。

「…なるほど、子守りが上手いわけだ」
「それは自分と部下への侮辱と取りますが」
「褒めたつもりだった」

肩をすくめてムディーアがそう言うと、ようやく機材の整理が終わったらしく、現在の空気とは真逆の晴れ晴れした表情で椅子に座ってから、ベータに向けて何やら機械を投げた。

「約束の報酬だ」
「どうも」

会話に入らず、自分のブーツ調整に気を注いでいたベータはそれだけ受け取るとまた無言になる。報酬ということは、間違いなくあの機材を運んできたことへのだろうが。

「それなんだ?」
「お前に言う必要あるか?」
「ケッ、なんだよケチ臭え。性格悪ィぞ」
「なんだ、知らなかったのか?」
「グアアッ!本当お前本当!」
「ハハハ」

外野でベータを突くガンマの言葉に、内心でこれ以上面倒を起こすのはやめてくれと祈りつつ、アルファは青白い顔で気絶したままのデルタを壁により掛け、向かう人と思えぬ美しい青年二人に問う。

「先の無礼、どうかお許しください。彼も、我々も、未だ主の死から立ち直れてはいないので、あのように刺々しく…」
「ふうん」
「いや、こちらこそ悪かった。
どうにも合点がいかない故問うたが、青年を傷つけてしまった」

二人の返事はなんとも性格の違いが現れたもので、特にムディーアのその視線にはこちらを探るようなものが混じっていたので、下げた頭を上げて視線を合わせるのが恐ろしくなった。
それでも、彼に向かってまっすぐ視線を投げれば、ムディーアは「で?」と言葉をかけた。

「で、とは」
「質問に答えてやると言ったはずだ」
「…あの翡翠のことと、このレポートに関することで知っている事があれば、小さなことでも構わないので教えていただきたい」
「構わん!サフラも良いな?」
「ああ」

即断即決、まるで竹を割ったような返事だ。
思わず面食らうアルファに、ムディーアがこれまた高らかに声をあげて笑う。何がそう楽しいのか、出会ってからずっとそうだが尊大な態度とはまた別に随分と楽しげである。

「貴様マメパトが豆鉄砲を喰らった顔をしているな、愉快愉快!」
「…その、俺に用意できるものはありません。所謂、交換条件にもできませんが」
「良い良い、そんなもんお前らに期待しとらあせんわ」
「………」

それはそれでどうなんだ。
じとりとした目でムディーアをみれば、何がおかしいか更に彼は気分良さそうに、それこそ酒でも仰いだかと思うほど赤い顔で笑っている。
隣にいるサフラが、釣られて喉をくつくつ鳴らした。

「や、ムディーアがこんなに笑っているのを久方ぶりに見たぞ。
どうにもお前はうちの末っ子に気に入られているようだな、パッチラゴン」
「ンフフ、そうだな。気に入った。
パッチラゴン、お前はアルファと言うのだろう?
俺もそう呼ぶ、それが情報をくれてやる条件だ。それくらいは構わんだろ?ん?」
「…はあ、別に構いやしませんが」
「ヨシ!」

何故か妙に気合の入った声の後、ムディーアは先までの姦しさをどこぞにひっこめて粛々と口を開いた。


<昔、この国にはある男がいた。
男は生まれついて邪悪で、人もポケモンも彼を恐れ、嫌悪し、爪弾きにした。男はそれを何とも思わなかった。なにせ男は愛も、仲間も、希望もいらなかった。
ただ、力を求めていた。何よりも何者にも、死すら凌駕する力を求めていたのだ。
ある日、男は山の頂で神に出会った。神は男のあまりの暴虐に見かねてその首を刎ねたが、男は狡猾であった。
神の背骨に埋められた、宝玉をその死の直前に奪った。
神はみるみるうちに力を失い、その力を男にあけ渡してしまった。やれ、これで強大な力を神から奪ったと鼻高々になる男に、神は最後の力を振り絞りその男に呪いをかけた。
男は長くは生きられぬ、夜の闇しかお前を隠せぬ。
神の言葉を聞いた男は、死に際の神にこう呟いた。
生きられぬのなら何度でも繰り返せばよい、夜の闇でしか生きられぬのなら、この世全てを夜に塗り替えれば良い。
男はそう笑って消えた。>

「力の弱まった神を支えるのは信仰だ。
信仰心を持ち、神を讃え、祈りを続けろと言う、これはまあ教団に伝わる昔話ではある」
「…その物語に出てくる男が、主ですか」
「打てば響くな、素晴らしい読解力だ」
「恐縮です」

小さく頭を下げてテンプレートの返答をするが、アルファの表情は強張っているわけでもない無表情が張り付いている。愛想笑いすらしないが、決して軽んじているわけでもない、敬意はあるが媚びない姿勢が良い。

「是非に欲しいな、貴様の様な奴が」
「俺のような凡夫はそこいらに掃いて捨てるほどおりますので、他を当たられては」
「フフフ、にべもないな」

彼はそう言って気分を害すでもなく、あの美しい宝石のような欠片を取り出す。
すると、ガンマの腕で大人しくしていたココロが途端に「あっ!」と声をあげて暴れ出した。

「それ!」
「わっ、ちょっ、おちついて!ココロちゃん!」
「あれわたしの!」
「あ?」

ベータも思わず指さされた欠片の方へと視線を向けて、その刺すような光に何度か目を瞬かせた後、考えるように顎を撫でた。
そうしてから、「あれ、炭鉱の奥で見つけたか」とじっとりとした黒い瞳を少女に向けた。どうあがいても、齢一桁の少女に向けていい視線とは言えない、咎めるようなそれに、ココロは焦りからか自分の爪の先を見て瞼の裏で忙しなく目を動かした。

「おい、どうなん…ッ!」

ベータがそう尋問を続けようと少女に顔を近づける、が当然のようにガンマが間に入りその肩を掴むと、勢いのまま頭突きをする。ゴッ、と鈍い音がして互いの額から青い液体が流れ出た。
倒れかけたベータの襟首をひっつかみ、そのまま自分の血濡れた額をつけてガンをつけるようにガンマが唸る。

「オイ、子供怖がらせて楽しいか?あ゛ァ?」
「痛ってえな…早々に鞍替えして尻尾振ってんじゃねえよ。そっちこそ仕事舐めてんのか?」
「そんなんじゃねえ、主の命令は大事だ!だから何でもしていい訳じゃねえだろ!」
「甘っちょろい事ばかり言いやがって、手前のそういう煮え切らねえ所が…!」
「止めんか二人ともッ!」

一触即発の雰囲気に割って入り、アルファが随分と小さくなったココロを抱え上げると、二人の握った拳は静かに降ろされる。視線だけは相手を殺さんばかりではあったが、リーダーに咎められては一時休戦せざるを得ない。
ベータはアルファに抱えられたココロを一瞥してから、フンと鼻を鳴らしてそっぽをむく。すっかり臍を曲げたらしかった。

「…ご、ごめんなさい」
「ココロは悪く無い。今回ベータは聞き方が悪かったし、ガンマもそれですぐ手が出るのが悪い」
「…っす」
「チッ…」
「あっテメェ舌打ち!」
「やめろと言うに」
「いてっ!」

いい加減にしろ、とこめかみに青筋を立てるアルファに、ガンマは静かに頷いてから落ち込みを隠さずクウン、と鳴いた。
それを見て、ムディーアは内心で子供は一人ではなく、四人いるらしいな、と少し小馬鹿にしたように笑った。
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